2017.10.04

仲谷正史(慶應義塾大学 環境情報学部 准教授/JSTさきがけ 研究員)触れることによって起こる身体の反応から、情動の変化を読み解く

〜触覚から紐解くエモーション〜

仲谷正史(なかたに・まさし)

仲谷正史(なかたに・まさし)

学生時代より人間の触知覚研究に携わる。これまでに新しい触覚の錯覚の発見を通して触感の不思議を解明する研究や、やさしく触れた時に反応する身体の触覚センサ:メルケル細胞の機能を明らかにする研究に従事。共著書に『触楽入門』(朝日出版社)、『触感をつくる――《テクタイル》という考え方』(岩波科学ライブラリー)。

 

肩書は2017年10月4日登壇当時のものです。

最先端の触知覚研究に従事されている仲谷先生。触感を通じた非言語的コミュニケーション、触れ合うことによる情動の変化を絡めて、これまでに触覚研究で発見されてきた知見と触覚技術の発展によって考えられる可能性について語っていただきました。

Vol.4の様子

2017年10月4日HAPTIC DESIGN Meetup Vol.4の模様。この記事はイベントでのトークを中心に構成しています。

Haptic と Emotion
触覚が加わることによって生まれる実感と情動

仲谷先生の写真

慶應義塾大学SFCの仲谷と申します。さっそくですが、「エモーション」を日本語に訳したときに、情動という言葉が使われます。感情は「フィーリング」、情動は「エモーション」という言葉で表現されますが、現在、私は触感と情動をどのようにして研究の対象として取り扱っていくことが良いのかを研究テーマとして取り組んでいます。触感を体験するということは実感を伴うような体験につながることが多く、telyukaさんがお話されていたように、人間が創造したバーチャルな存在にもぜひいつかは触れてみたいという感情を抱いた方がすごく多かったと思います。今、こちらで映像として拝見しただけでもかなりの存在感が感じられます。この存在感をより確信に変化してゆくために、触れたときの感覚が加わる、すなわち触感が加わることによって、情感や実感といったものを生むことが、将来は研究テーマになるだろうと考えています。
触感と情動の関係となると、例えば親子の関係、ハグをしているときの写真を見るだけでも皆さんはかなり情感を得るかもしれません。また、その体験をしたときに得られる触感ってこういったものだろうなといった想像もできるかもしれません。触覚のような根源的な感覚を通して人間はもちろんのこと、同じ霊長類であるサル同士や、チンパンジー同士もコミュニケーションをしていることがこの写真からもうかがえます。

チンパンジーの毛づくろいなども触覚的なコミュニケーションといえる

この非言語的なコミュニケーションの方法を触覚という感覚を通して研究の俎上にすくい上げたいと考えています。ただ、言うは易いし行うは難しで、なかなかうまくいかないところも多い。なので今日は、うまくいってない研究の部分もお話できたらと思います。あとはちょっとした教養みたいな話題提供として、触感と情動をどうやって考えていくか、私なりの感触をお話ししたいと思います。

生き物の間では根源的な感覚として
”触感”が存在している

心地よい触感の話に関して、よく研究でいわれているのが、C-fiber(C線維)を刺激すると心地良いということを聞いたことはありませんでしょうか。
C線維は大体1から10cm/sの速度でなぞると、特異的に応答しやすいというふうにいわれています。イギリスのLiverpoor大学の教授を務めていらっしゃるフランシス・マクグローン先生が、このようなベルベット生地、綿、プラスチックメッシュを触覚刺激として手や、顔、腕に押し当ててなぞったときに、どういう速度だと心地よいかを調べました。

参考:(左から)ベルベット生地、綿、プラスチックメッシュ

では、こういった心地よい触感って、私たちの指先で感じるんでしょうか。それとも、顔や背中、腕とかそういった場所なんでしょうか。人の体には毛が生えてる部分と、毛が生えてない部分があります。私たちの手のひらとか、足の裏とかは、毛は生えていなくて、特殊な構造になっているんですが、毛の生えてる部分には、いわゆる自由神経終末といわれる場所があり、その分類の中にC線維も含まれています。
もう一つ神経として多いのが、毛根に神経が絡まっています。ということは、その毛が生えてる部分というのは、皮膚上の刺激がどれぐらいの周波数で振動しているかとか、形を見分けるといったことはできない代わりに、毛が揺れてるとか、なでられてるっていう感覚を司る神経が皮膚の中に侵入しています。では、この毛の数が多いほうが、きっと撫でられたときの応答も強くなり、心地よい触感刺激に対する感度が高くなる、つまり心地よさを感じやすくなるのではないかと考えられています。

毛の密度が高い箇所は心地よさを
感じやすいか、感じにくいのか

その毛が多い箇所、毛根が多く存在する毛の生えてる部分は額です。額には1平方センチあたり、300個ぐらい毛根があると研究では報告されています。額はなでられると気持ちいいと感じる人がいるのは、そのせいかも知れません。毛の生えている部分をなぞることで、人を気分を落ち着けることができるのかもしれません。

毛包の数は生後,増えないと言われています[Jonsson et al. (2017)]。ここで質問なのですが、女性と男性でどちらが毛包密度が高いでしょうか。実験結果では、女性のほうが多いそうです。もしそうであるとして、毛包密度が高いと体験する触感についてどんな効果があるんでしょう。皮膚内部の毛根部にある毛包と呼ばれる組織には、触覚を司る感覚神経が巻きつくような構造で侵入することが知られています。もし女性の方が毛包の数が多いのであれば、男性と比較して女性の方が体毛を介する触覚刺激に対しては敏感に察知できるかもしれません。
実際に女性の方が男性よりも有毛部の触覚刺激に対して敏感であるのかを検証した実験が報告されています。その実験では、触覚の2点弁別閾を「触覚検査」として行いました。触覚検査と聞いて、にわかには想像がつかないかもしれません。例えば、健康診断の際に行う視力検査では、ランドルト環と呼ばれるCの形の切れ目がどっちの方向を向いてるかを回答させます。この検査は、視覚の空間分解度を調べる検査として利用されています。この視覚の空間解像度を調べる検査を触覚で行った場合が、2点弁別閾と呼ばれる検査方法になります。

具体的には、2本の先端の細い針状の接触子を背中や前腕などの身体部位に当てます。そして、その触覚刺激が2点に感じられるのか1点として感じられるのかを検査を受ける人に回答してもらいます。このような実験を実際に行ってみると、男性よりも女性のほうがその2点弁別閾が小さくなることが報告されています [Jönsson et al. (2017) ]。つまり女性の方が空間解像度が高い(細かい触覚刺激の違いがよりわかる)という結果です。この実験では、同じ実験参加者にブラシやハケみたいなもので、触覚刺激を前腕部に与えます。その際には、心地よい触覚刺激とされる速度で与えます。そうすると、女性のほうが男性よりも心地よさを有意に大きく答えるという結果になりました。この実験結果が意味することは、男性よりも女性のほうが心地よいとされる触覚刺激に対しては、より強く心地よいと答える率が高いということです。おそらくこの実験を行った研究者達は、実験参加者の毛包の数と心地さの回答との間に、強い相関関係があると予想していたのだと私は推測しますが、残念ながら、実験結果では弱い相関しか見られなかったようです。少なくともこの研究事例からは、女性のほうが心地よいとされる触覚刺激に対しては、心地よいと回答する度合いが大きいということが示されました。

触覚の心地よさに関わる脳の領域は
どれくらいの大きさなのか

私たち人間の身体には、表面が粗いとか、押したら硬いとか、撫でると滑るとか、そういった感覚を担っている触覚の神経と、心地よいと解釈する触覚を担っている神経と、その神経経路があって、どちらも「体性感覚野」という場所に入ります。ですが、心地よい触感に関しては「島皮質」と呼ばれる脳部位を経由することが報告されています。

島皮質に触覚の心地よさに関する情報が入るということでしたが、この部位には触覚だけでなくその他の感覚情報も処理されることが知られています。例えば、音によっても応答します。声だと耳のすぐ近くですね。声に関しては、いわゆる顔の処理にかかわる脳の領域、あと扁桃体で処理が行われると。これを見たときに、2つ思うことがありました。
1つ目は、触覚の心地よさに関わる脳領域は思っているよりも小さいなと感じました。2つ目は、島皮質にて触覚を通じた情報処理が行われるとして、その脳部位は触覚だけではなくて、視覚とか、聴覚とか、そういったものを統合的に処理する領域であるなと思いました。ですので、触覚だけにこだわるのではなくて、統合的に、もしくは複合的に、情動に訴えかける感覚をうまく作り出すことができたら、触覚も含めて「総じて心地よい」といったことにならないだろうか、そのように考えるようになりました。
このような目に見えない情動を取り扱うには、基本的には何らかの方法によって、測らないといけません。1つは、今感じている主観的な感情に関して(快適、不快、ハッピーに感じるか、覚醒するような感覚が生じるか、など)アンケートを取る手法があります。一方、もっと客観的に測る方法としては、「身体は既に気づいている」ということを利用することができます。

「身体は既に気づいている」
情動の根幹にある、身体が応答するという感覚

情動と、生理反応には、密接な関係があります。私たちは感動的な音楽を聞いた場合には鳥肌が立ったり、心拍が増えたり、呼吸数が深くなったり、浅くなったりと、考えるより先に身体が応答します。身体が応答した結果として、体性感覚を通して情動や感動にフィードバックがかかることが仮説として提案されています。たとえば、鳥肌を体性感覚として体験したり眼で視認することで、今はこういう気持ちになっているんじゃないかと推測する。よく知られた例ではジェームズ=ランゲ説を取り上げるときによく言われる「悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しい」というくだりがありますが、人間が体験する情動を説明する仕方はいくつも提案されています。

現在、研究してる段階ではこのような生理反応を計測することで今、どのような体験が体験者に生じているのかを推測する研究アプローチにも取り組んでいます。

これまで私が研究してきた触覚そのものではないのですが、身体近接場にあるように聴こえる音によって、どのような生理変化が起きうるのかということを探索的に調べる研究を行っています。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科で修士課程(当時)で学ぶ宮崎葉月さんが主としてかかわっている研究(ASMR articulate~emotional geometry~)では、宮崎さんが多彩な物音を録音しました。それらの音源を聴くことで思わず鳥肌が立ってしまうようなことが生じないかということに取り組む研究です。録音者本人が耳に取り付ける方式のバイノーラルマイクロフォンを用いて身体近傍で生じている物音を録音しました、これら録音された音源を聴いてみると、その音源の中には鳥肌が立つだけではなくて、主観的なものではありますが、頭の後ろ側にもやもやとした、なぞられたような感覚すらも生じるものがありました。ASMR(Autonomous Sensory Meridian Response)と呼ばれる「視聴覚を通して心地よい感覚を想起させる」映像コンテンツがオンラインコミュニティを中心に少しずつ広まっていますが、この研究では映像はなしで音だけに注目して、多感覚訴えかける音と触覚の相互作用を引き起こすことを研究の課題として取り組みました。せっかくなのでちょっと聞いてみませんか?

(男性客の一人に音を聴かせて)どんな感じがしましたか?

(男性)これ、何の音ですか。

(仲谷)何の音だと思います?

(男性)花火みたいな。

(仲谷)なるほど。正解に近くはないです。

(一同)(笑)

(仲谷)スーパーでもらえるビニール袋をクシャクシャにして擦過したときに聴こえる音です。子どもや赤ちゃんがその音を聞くとよく眠ると、とマスメディアでまことしやかに聞いたことがあったので、この音を聴いたら大人でもリラックスするんじゃないだろうかと考えて、宮崎さんにはこの音を録音していただきました。

(男性)ぞわぞわしました。

(仲谷)ぞわぞわしましたか。体験をしていただいてありがとうございます。実はこの研究では、ASMRコンテンツで体感できるようなリラックスさせるような音を作りたかったんです。しかし、実際にできたものは、人をゾクゾクさせるような音だった。最初は残念に感じたのですが、翌々考えてみると、音を聴くだけでゾクゾクするなんて聴覚的でもあって、触覚的でもあるなと考え直しました。先程述べたように、この音は耳に装着して録音するタイプのバイノーラルマイクロフォンで録音したものなのですが、宮崎さんが自分の耳元でスーパーのビニール袋をクシャクシャと丸めて動かしてる時の音を録ったそうです。この音を体験者に聴いていただいて主観評価をお願いすると、ゾクゾクするような感じ、すなわち鳥肌感が生じるということがわかりました。しかし、主観評価だけでヒトに何が起こっているのかを客観的に主張することは、科学の方法では確信できる証拠ではありません。そこで、このように録音した音を聴いているときのヒトの主観的な体験、もしくは「情動」を測るために、瞳孔の開き方(瞳孔散大)を測る方法による評価が必要になりました。このような実験をNTTコミュニケーション科学基礎研究所のHsin-I Liao博士が考案し私は音源を提供して実施していただきました(H.-I. Liao et al. (2017) Sensing frisson by material sounds.) 。

実験では、事前に録音した音源を30秒間体験者に聴いていただき、体験者は鳥肌感を感じたらボタンを押してもらうという課題を行います。この際、①ステレオ音源聴取の場合(バイノーラルレコーディングした音源は左右から異なるステレオ条件となる)と②モノラル音源聴取(左右の耳から聴こえる音を同じにする)の場合場合を聴いていただきました。この音源聴取条件において、先ほどお話したスーパーのビニール袋を擦過した音と、あまりゾクゾクしないと予備条件で主観評価を受けたビーズをガラスコップに入れて振とうさせたときに録音した音源も聴いてもらいました。すると、バイノーラルレコーディングされた音を聞くと総じて、鳥肌感を生じやすくなることがわかりましたが、スーパーのビニール袋の音を聞いた場合のほうが、よりゾクゾク感が生じるという結果に、この実験ではなりました。その際に、聴取者に実際に起きている生理反応として、瞳孔散大の度合いを計測したところ、ゾクゾク感を体験させる音源の方が、瞳孔が散大する(開く)ようになることが見受けられました。この結果から、ゾクゾクするという主観評価が起きている際には。それと同時に、聴取者の身体は反応することがある。この実験結果を細かく解析してみたところ、これまでのところ、ゾクゾクしていると体験者が回答したタイミングで瞳孔が散大しているかとすると、そこまでの相関は見受けられませんでした。この結果は慎重に解釈しなければいけませんし、ここからは研究者の妄想にすぎませんが、身体が先に応答して、その応答をヒトが感覚として感じた後に、ゾクゾクしている、とも言えなくはないかも知れません。ここで想像を膨らませて私が言いたいのは、どうやら「身体は気づいている」ということもあるということです。身体は何が起こっていることを意識が認識していなくても知っている可能性があると。自分の身体で体験している感覚が実は情動の根幹にあることもある、ということをこの実験から私は感じました。

本日の講演のメッセージをまとめます。私たちが体験する日常的な触感と情動があって、心地よさの神経基盤があります。そして、脳の領域では触感だけだと小さいです。ですが、いろんな感覚に訴えかけると広くなると。では、いろんな感覚を通じて触感も含めたその情感、もしくは情動の喚起ができるのだろうかと。次に情動を測る話をしました。身体は気づいていて、その気づきをうまく測ることができれば、実体の見えない情動がもう少し見やすくなる、取り扱いやすくなる可能性があるというお話をいたしました。ご清聴ありがとうございました。

もっとも素敵なHAPTICSだと思う、
世の中のモノゴト(事例)とは?

もっとも素敵、というよりも、最近感じたことでよければ、日本の武道をHaptics研究の視点から考えることは興味深いと考え始めました。米国から日本に戻ってきて、大学院の授業でご一緒した先生の影響を受けて日本に特有の身体の動かし方に興味を持ち、武道を最近習いはじめました。まだ右も左も理解できていないですが、身体の使い方を意識的に行うことで感覚的にも変化があることには驚きました。大学に入った頃の研究興味は、競技スポーツにおいて身体の使い方をどうコントロールするかにも興味を持っていたこともあって、日本で発展してきた武道の考え方を通して、さまざまな身体の動かし方や使い方を学ぶことはHapticの研究にも活きてくるのではないかなと個人的には感じています。

触楽入門

仲谷先生の著作である、触覚に関する入門書

TEXT  BY ARIA SHIMBO

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