2017.06.21
〜ゲスト:本多 達也、金箱 淳一/ホスト:南澤 孝太〜
“わざ”にフォーカスし、Haptic(触覚)の研究やデザインに携わる方々をゲストに開催するシリーズイベント「Haptic Design Meetup」。2017/6/21に実施したVol.1は「Haptic×(sound)Design」をテーマに行いました。
イベントのオーガナイザーである南澤孝太氏をホストに、本多達也氏(富士通株式会社マーケティング戦略本部 戦略企画統括部 ビジネス開発部)、Haptic Design Projectの中核メンバーでもある金箱淳一氏(慶應義塾大学大学院 メディアデザイン研究科 研究員)を交えて行われたクロストークの模様をお届けします。
普段の日常生活にあふれているリズムの話を起点に、Hapticによりどのようなコミュニケーションが生まれるのかなど、これまでの研究を通して感じていることを語っていただきました。
ー左から南澤孝太氏、本多達也氏、金箱淳一氏
(南澤)お二人の登壇の中から、出てきたキーワードをいくつか振り返ってみたいと思います。まず印象的だったのが「リズム」という言葉です。必ずしも音楽の話ではなくて、ぼくらが日常生きていく中でどういうリズムをとらえているのかという話でした。リズムと体感、それが生む一体感や実感の話。二つ目は、そのリズムと体感から生まれるコミュニケーションについて。違うモダリティを使うことによって新しいコミュニケーションが生まれたり、それによって人の行動がどう変わるのか。三つ目はお二人とも当事者である聴覚障害者の方と一緒に開発しているということ。まずはリズム。耳という器官がどのようにできたのかを調べてみたんですが、ぼくら人類がまだ進化の途中、お魚だったとき水圧などを感じていた身体の表面の器官が発達することで耳になったそうです。水の圧力を感じていたところが空気の圧力を敏感に感じるようになり、音を感じる器官になっていった。だからぼくたちはもともと音やそのリズムを肌で感じていた。本多さんが聴覚障害の方と活動しているときに、彼らが日常の中でいろんな生活のリズムを捉えていることに関してどう感じていますか?
(本多)聴覚障害者の方が誰しも口にする体験としてあるのは、スピーカーを大音量にして覆いかぶさるという体験なんです。
(南澤)触るとかではなく覆いかぶさるんですね!
(本多)はい、身体で音を体感するということをお聞きしました。耳が聞こえない分、触覚がぼくらよりも敏感になっているからなのか、一緒に研究開発をしている時も反応速度がものすごく早かったりします。Ontennaを頭の左右に付けると方向がわかるようになるんですが、実験で振動を右か左どちらから感じるか? ということを行ったのですが反応が早かったんです。
(南澤)彼らはその能力を日常の中でも使われているんでしょうか?例えば料理をするときに、リズミカルに包丁を使うと気持ちいいと思うんですが、Ontennaを使うことでもっと気持ちよくなったりするんでしょうか。
(本多)リズムの話はすごく大事で、例えばろう者の方はリズム感を感じるのが難しいと言われています。トントントンと包丁で食材を切ったり、工場で箱にものをいれて蓋を締めるという行為は、ぼくらは慣れてくるとどんどんと早くしていくことができます。ですが、耳が聞こえない方は学習がしづらく、なかなかスピードが上がらないという話もあるようです。あとはエスカレーターの一歩が踏み出せない時があるそうです。
(南澤)それはやはりリズムを捉えきれないということなんでしょうね。
(本多)そうですね。健聴者は無意識にできますが、耳が聞こえない方にとってリズムをとるということは難しいことなのだと思います。
(南澤)ミュージシャンでもある金箱さんはリズムを特に意識するのではないでしょうか?
(金箱)どちらかというとリズムを意識するタイミングは、楽器の演奏中よりも日常行為の方が多いのでは?と思っています。例えば道路を歩いているときと、階段を登るときでテンポが変わるとか。生活のリズムといわれるようなメタな意味でのリズム。幅広いリズムの刻み方から細かい刻みなど、われわれは日々いろんなリズムに囲まれながら生きているんだなと思います。
(南澤)身体の中にリズムとして刻み込まれているものがあるということですね。だとすると、リズムを変えてあげたり、デバイスを使って拡張してあげることによって今度は行動が変わってくるという話になる、もしくはコミュニケーションが変わってくる。
(南澤)みんながそれぞれパーソナルなリズムの中で生きているとすると、リズムが異なるもの同士のコミュニケーションが日々生まれているということですよね。例えばOntennaでコミュニケーションが生まれ始める瞬間ってどういう感じなんですか?
(本多)一番大事なのはフィードバックだと思います。声を出したら振動するとか。フィードバックを初めて感じたときに、コミュニケーションが生まれるという印象ですね。
(南澤)最初に自分自身でフィードバックを感じて、次にお互いにフィードバックの交換をしあってみる……という感じなんですか?
(本多)最初は対自分なんですが、そこから相手のフィードバックに移ってどんどん世界が広がっていくという印象がありました。
(金箱)この話は、楽器演奏における楽器自体に慣れ親しんで、次第に自分の身体の一部になっていくフローに近いですよね。楽器も使っているうちに身体の一部になり、その次にはそれを使ってコミュニケーションをしたくなる。Ontennaのフローもそれに良く似ていて、機能がわかってくると自分の一部になっていくんですね。例えばぼくはこういうテンポだけど、君はどう思う? みたいなコミュニケーションを音楽的にやり始める。JAZZのセッションとかもそうだと思うんですが、相手がどういうフレーズやリズムで応えてくるかをだんだん知りたくなってくる。
(本多)大事なのはシンプルなフィードバックだと思うんです。Ontennaも本当にシンプル。音の大きさを振動に置き換える、それだけなんですが、ずっと付けていると周りの音の違いを自分自身で学習して世界を拡げていく。人間の脳ってけっこう賢いですよね。
(南澤)自分がOntennaに対して声を発することによって振動する。この関係性が成立することで「これはOntennaというデバイスではなくて自分の新しい感覚器であって、自分が何か音を発したときに振るえるのなら、ほかの人が音を発した時にも振るえるはずだ」そう信じることができた瞬間に自分の身体の一部になる。
(金箱)たしかに道具を信じることができるって大事なことですね。
(南澤)道具が身体の一部になる過程は、ぼくらが赤ちゃんのときにいろんなものを触ったりとか着心地のいい服を着ているんだけど、着ている感覚を意識していないことに近いのかもしれません。
(南澤)Ontennaや共有楽器が身体の一部になったその先には、これまでになかった表現やコミュニケーションが創造される可能性もありますよね。
(本多)聴覚障害者の方は振動に敏感なので、今後新しい電波帯である5Gが登場して振動を通信できる社会になったとしたら、一番コミュニケーションやその表現に長けているのは聴覚障害を持った方なのかもしれないな、と思いました。
(金箱)音楽表現について言えば、振動だけの楽曲が生まれてもいいかもしれない。もし振動だけの楽曲が存在するのであれば、その作曲は、聴覚障害者の方の方が長けているかもしれない。音ではない振動というメディウムによってどのような表現が可能になるのか。Haptic DesignProjectとして研究していきたいテーマのひとつですね。
(南澤)Ontennaを使っていると思わず「あっ」と自分の音に反応しているということを確かめるという話がありました。もっと発展して、例えば自分の感情や芸術分野で表現されている抽象的な表現はどうすれば表現できるようになるんでしょうね。
(本多)今まさにそこに取り組んでいます。Ontennaを使った映画のプロモーションの話もあったんですが、新しいOntennaは通信システムが付いたので、任意で指定したある一定のところで振動することができるんですね。たとえばゴジラが吠えるところだけ振動するみたに伝えたいときにだけ振動させることができます。その際に、振動をどういう振動として表現、デザインするのかということが大切で、聴覚障害の方に実際に使ってもらいながら聴覚障害者の方が楽しめるようなものにしたいと思っています。
(南澤)振動で涙させることができたら勝ちですよね!
(本多)それをデザインするためのHaptic Designerがきっと必要なんですよね。この会場にいる方にぜひなってもらいたい。
(金箱)振動というプリミティブな情報でどれだけ人の心を動かせるかっていうのはすごい問題提起ですよね。振動で伝えられる情報は映像や音に比べるとあきらかに少ないですから。振動だけでどう人の心を掻き立てるかっていうのは、表現領域的にはまだ狭いですけど、ものすごい可能性があるなと思います。
(南澤)それを実現するためにはきっとシチュエーションやコンテキストが大切ですね。オリンピックやワールドカップの時に、町中で聞こえてくる「わー」という歓声は情報量は少ないですが、選手が得点を入れたことなどが実際に見ていなくても、ものすごく光景が思い浮かびますよね。それはワールドカップの期間や会場周辺であるというシチュエーションと、サッカーというスポーツのコンテキストが共有されているからですよね。たぶん何かできると思います。
(金箱)同じ「あー」でも抑揚次第で盛り上がったり、落ち込んだりという風にニュアンスが変わるので、メディアとしての触覚にも抑揚は大切かもしれませんね。
(本多)メールで打つテキストとかでは感情を表現できないじゃないですか、そういうところと触覚をうまく組み合わせてやるとかいろいろ可能性はありそうですね。
(南澤)最後の質問なんですが、当事者と一緒に研究開発をしていくときに大事なポイントは何でしょうか。面白い点や工夫すべき点などをうかがえたら。
(本多)触覚で言えば耳の聞こえない人たちはスペシャリストだと思っていて、感覚としてはそのスペシャリストの人たちとつくりあげていっているという感じですね。
(南澤)スペシャリストとつくることは、感覚的にはF1みたいなものですよね。スペシャリストと共にとことん突き詰めていくことがF1で言えば車のアップデートにつながり、触覚でいえば人間のアップデートにつながり、やがて日常に還元されていく……。
(金箱)わたしたちの日常も大きく変えられる可能性があるんじゃないかなと思っています。当事者の方たちと研究を進めていくと「こんなところまで振動を感じることができるのか!」っていう発見があったりするんです。
(南澤)現場でやっていく中での発見が大きいということですね。
(金箱)そうですね。また、それは日々の訓練によるものも大きいと感じています。
(南澤)Haptic design は感覚のF1でした。
(一同)笑。
(南澤)普段ぼくたちが音を聞いて表現やコミュニケーションを楽しむように、触るということからも多様なコミュニケーションが起きて、Hapticならではの表現が生まれてくる可能性が垣間見えたのではないでしょうか。本日はみなさんどうもありがとうございました。
本多達也(ほんだ・たつや)
1990年 香川県生まれ。大学時代は手話通訳のボランティアや手話サークルの立ち上げ、NPOの設立などを経験。人間の身体や感覚の拡張をテーマに、ろう者と協働して新しい音知覚装置の研究を行う。2014年度未踏スーパークリエータ。第21回AMD Award 新人賞。2016年度グッドデザイン賞特別賞。Forbes 30 Under 30 Asia 2017。Design Intelligence Award 2017 Excellcence賞。現在は、富士通株式会社マーケティング戦略本部にてOntennaの開発に取り組む。
金箱淳一(かねばこ・じゅんいち)
楽器インタフェース研究者、博士(感性科学)。玩具の企画、美大助手を経て、現在、慶應義塾大学大学院 メディアデザイン研究科 研究員。健常者と障害者が共に音楽を楽しむための「共遊楽器(造語)」を研究している。
http://www.kanejun.com
南澤孝太(みなみざわ・こうた)
慶應義塾大学大学院 メディアデザイン研究科(KMD) 准教授。2010年 東京大学大学院情報理工学系研究科システム情報学専攻博士課程修了、博士(情報理工学)。 触覚を活用し身体的経験を伝える触覚メディア・身体性メディアの研究を行い、SIGGRAPH Emerging Technologiesなどにおける研究発表、テクタイルの活動を通じた触覚技術の普及展開、産学連携による身体性メディアの社会実装を推進。 日本バーチャルリアリティ学会理事、超人スポーツ協会理事/事務局長、JST ACCELプログラムマネージャー補佐を兼務。
TEXT BY KAZUYA YANAGIHARA
PHOTOGRAPH BY ZHANG QING