2017.02.14

森枝 幹(Salmon&Trout)「おいしくて、楽しい」HAPTICレストラン

〜料理って、こんなにも体験的でクリエイティブ〜

森枝 幹(もりえだ・かん)

森枝 幹(もりえだ・かん)

1986年生まれ。調理専門学校を卒業後、オーストラリアへ留学。世界のベストレストランの常連「Tetsuya’s」で料理の基礎を学び、帰国後は京料理の「湖月」、分子ガストロノミーで有名なマンダリンオリエンタルホテル内「タパス モラキュラーバー」で料理人としての修行を積む。3.11を経て独立し、南青山「246COMMON」で屋台を経営。2014年より、現在の「Salmon & Trout(サーモン・アンド・トラウト)」を開業、同店のシェフを務める。ほかに、フードマガジンの発行や、新宿ゴールデン街のレモンサワー専門店「The OPEN BOOK」のプロデュースなど、従来の料理人に枠にとらわれず活動を続ける。父は写真家・食文化研究家として知られる森枝卓士氏。

“人に教えたくない名店”として、多くの食通を唸らせるレストラン「Salmon & Trout」。下北沢からも三軒茶屋からも、歩いて15分。加えて、窓ガラスには自転車が吊るされ、ひと目ではレストランということにも気づけない店構え。風変わりなお店だが、2014年のオープン以来、客足が途切れることはないという。斬新で意表をつく食材、巧みなフレーバーの組み合わせ、ユニークな発想に満ちた料理は「食べたことのない味」「経験したことのない食感(触感)」のオンパレード。でも何より、「“おいしい“よりも、“楽しい”が目的」とにこやかに語るシェフの森枝 幹さんに、舌も心も奪われる。料理って、こんなに体験的でクリエイティブなものだったのか。五感をフルに使って楽しむ、“HAPTICレストラン“へようこそ。

森枝さんが、シェフになったきっかけを教えてください。

森枝さん写真1

父が食文化研究家で、小さいころから“食”が身近にある環境で育ちました。だから「料理人になりたい」と思ったのも、自然な成り行き。専門学校を卒業して、世界のトップ10に数えられるジャパニーズ・フレンチの名店「Tetsuya’s」で働かせてもらえることになり、単身オーストラリアに渡りました。ただ当時は、バレーボールを本気でやっていたので、その夢も諦めきれなくて。午前中はビーチバレーの練習をやったり、どっちつかずの生活で、あまりいい時間の使い方はできていませんでしたね。ビーチバレーのほうは、世界のレベルの高さがわかったらスパッと諦めて、そこからは料理に真剣になりました。

修行させてもらった「Tetsuya’s」のオーナーシェフ和久田哲也さんは、今や世界のトップシェフに名を連ねる人ですが、始めはバックパッカーのようにオーストラリアを訪れ、たまたま知り合った人の紹介で、料理人になった人。「Tetsuya’s」の料理のスタイルは、オーストラリアの食材をふんだんに使ったフレンチをベースに、和のフレーバーを入れながら、お酒をペアリングで合わせていくスタイルですが、いろんな要素がミックスされたユニークな料理も出していました。

オーストラリアのフードカルチャーの特徴として、日本だと「本場のものをコピーして、忠実に再現する」ってことに力を注ぎがちですが、たとえばオーストラリアではタイ料理なんかでも、タイで食べるものよりハーブの組み合わせがクリエイティブだったりして。そんな「Tetsuya’s」を始めとする、オーストラリアのフードカルチャーの自由な発想と料理のあり方に、すごく刺激を受けましたね。

帰国後は京料理の割烹、続いて分子ガストロノミー※
で有名なレストランと、すごく幅広く学ばれていますよね。

料理風景写真

僕、飽きっぽいんですよね(笑)。最初は「また海外に行こう」と考えいてたんで、自分の強みとして地に足のついたものを身につけるため、3年間和食を学びました。その後のマンダリンオリエンタルでは、英語が話せてカウンターで調理ができる人を募集していたのと、エル・ブジ※出身のスタッフもいたので、分子ガストロノミーのような新しい調理技術も学んでみたいと思って入りました。ただ、大きな組織だったので、もっと目の前のお客さんと向き合って料理を出したいと思い、2011年に独立して屋台を始めたんです。

そこはわりとうまくいって、半年くらいで3店舗を経営するようになりました。ただ、その分出ていくお金も多くなって。いつのまにか、一生懸命働いてるのに、なんでこんな無理しなきゃならないの? ってなっていった(笑)。そこから、もっとお客さんとの関係が密で、こぢんまりしたスペースを自分ひとりで切り盛りしようと考えて造ったのが、この「Salmon & Trout」です。

※分子ガストロノミー:食材の分子(構成要素)に焦点をあて、料理の過程で分子が変化するメカニズムを科学的に分析し、見た目・食感・味など、食事体験すら覆す斬新な料理を創る技術。これまで経験や勘など暗黙知的に行われていた料理の知識の伝承を体系化する試みとしても期待される。
※エル・ブジ(エル・ブリ):「分子ガストロノミー」の代表的なシェフであり、レシピをオープンソース化するなど料理人の概念を変えた天才シェフ、フェラン・アドリア率いるレストラン。「ミシュランガイド」3つ星、「世界のベストレストラン50」で1位を最多獲得。2011年の閉店まで、45席のシートに年間200万人もの予約希望者が殺到し、世界一「予約の取れないレストラン」として知られた。

「Salmon & Trout」のコンセプトって
どんなものなのでしょうか。

「僕にしか出せない、ここでしかありえないものを出す」ということですね。ほかで似た経験ができるなら、結局安い方に流れていきますから。代沢っていう不便なエリアにあって、店内で自転車も売ってて、音楽はテクノで、ブラックバスみたいな珍しい食材を出す。そんな普通のレストランではありえない組み合わせで、お客さんを楽しませていく店です。

ブラックバスが届き、嬉ぶ森枝さんの写真

ー取材中に前日琵琶湖で取れた60cmのブラックバスが届き、嬉ぶ森枝さん(左)

たとえばブラックバスを出すときには、お客さんに「この魚、なんだか当ててみて」ってクイズを出して、こっそり音楽をブラック・サバスに変えるんです。まあ、まずわかんないんですけど、「ヒントは、今かかってる曲」とか言って。しばらく考えた後に「あ!サバでしょ〜?」とか言われて、「そっちじゃないわっ!」みたいな(笑)。

そもそも「Salmon & Trout」っていう店名なのに、ここ半年はサーモンもトラウト(マス)もまったく出してませんからね(笑)。ちなみに店名はイギリスのスラングで「痛風」という意味。食材の名前でまったく別の意味がある言葉を探していたんですが、この言葉の意味を知って即決しました。そんなふうに、随所に“遊び”みたいな要素を入れたいと思っています。

料理は基本おまかせで、コースのみと伺いました。
何か料理を創る上でのルールはあるんでしょうか?

森枝さん写真2

メニューは、先付けがあって、刺し身っぽいナマモノがあって、焼き物があって、一皿一皿に必ず野菜を入れて……という感じですが、そう考えると実は、和食の献立に近いかもしれないですね。ちなみにコースの中で1品は、みんなが食べたことのない食材を入れるようにしてます。最近では、ナマズとかカラスとか。

そういう知ってびっくりするような食材は、食べたときに安心感が必要なんで、みんながおいしいと感じられるような味のバランスにします。自分はフレーバーを重ねることが得意なので、逆になじみのある食材だったら、調理法や味付けに凝って個性的なものにして。ほかにも、たとえばアメリカンドッグとか、子どものころから親しんでいるスナックみたいなものも、1品入れるようにしてみたり。あとは、シンプルで素材感を味合わせるものもあれば、一方でいろんな種類の素材を一緒に味合う料理があるとか。その辺りのバランスをとって、コースを考えています。

それと、うちでは炭水化物は出しません。パスタを出したらイタリアン、炊き込みご飯なら創作和食とか、ジャンルで括られてしまうのが嫌なんです。せっかくの食事の機会を、炭水化物でお腹をいっぱいにしてほしくないですしね。ちなみに、料理はその時々でどんどん変わるんですけど、最近では香港で食べた、えのきをカラカラに揚げたものがすごくおいしくて、すぐに取り入れました。近々タイに行くんで、帰国後はきっとタイ料理が増えるでしょうね(笑)。そもそもうちの店って、“おいしい”を目的にやってないから、変わったものにはよくチャレンジしてますよ。

森枝さんが大切にしていることって何なのでしょう。
分子ガストロノミー的な見た目や食感へのこだわりでしょうか?

うん、やっぱり“おいしい”よりも、“楽しい”って言ってもらえるのが、いちばんうれしいんですよね。ただ、おいしくないと結果楽しくもなくなってしまうでしょう? だからもちろん、できる限り“おいしい”は追求しつつ、新しいものとか斬新な食材でも積極的に出して、料理も含めたお客さんとのコミュニケーションを楽しんでます。

エビライチの写真

たとえば、エビとライチのプレートでは、エビの身に見える部分が実はライチで、ライチの皮の中にはエビの身が入っている、とか。でも、そういうことをやりすぎると、しつこくなるんで。だから分子ガストロノミーも、あくまでギミックのひとつ。僕って実は料理経験は5〜6年ぐらいで、もっと技術が高い人はいくらでもいるんですよ。でも技術がある人って、それを過信してしまいがちで。料理ができるから不自由になってしまう、というか。僕は技術がない分、工夫しておもしろく見せようとするから、楽しんでもらえる料理が創れているのかなと思います。

味覚だけでなく五感を使って楽しませるというのは、
HAPTICの考え方にも繋がっていきますね。

その辺りは、今まで修行させてもらったこととか、本で学んだこともありますけど、あくまで感覚的にやっています。いや、でも奥では考えているのかもしれないな。そういう意識の裏側を使うと、“おもしろい料理”が創れる気がします。うちでは、コースのうち最初に出す何品かは、手で食べるものにしているんですよ。指を使って混ぜて食べるのと、スプーンの冷たい金属を感じながら食べるのって、触感もさることながら、味わいがまったく違いますから。濡れ落花生なんかもよく出すんですが、「ごほうび効果」といって皮から身を取り出す行為があるから、よりおいしいく感じることができるんです。

フィッシュアンドチップスだったら、お皿でフタをして出して、開けてもらうところから始めたり。お客さんが“料理に参加する仕掛け”を用意することで、食べる実感を得る、というか。この間なんかは、生肉を手の甲に乗せて食べてもらいました。そうするとよくわかるんですが、「ものを食べる」って、すごく情感的でエロティックなんです。そもそも、よく考えてみれば「生きているものを食べる」って、ものすごい行為ですしね。ジビエには、そんな野生の生々しさがありますね。ジビエを食べていると、その動物がそれまで何を食べて生きてきたのか、すぐにわかるんです。ときどき嫌がる人もいますが、僕からしたら元の姿をわからなくして、切り身として売られている材料のほうが、よっぽど気持ち悪いと思うんですけどね。たんに、見えてないだけで。

料理だけでなく、お店の“空間づくり”という点でも、
HAPTIC DESIGNを意識されたりしてますか?

決して今の状態で最高、というわけではないんですが、インテリアや音楽もそうですし、空間的に自分の料理と感覚的に合うものを選んでいますね。いま使ってる食器なんて、中国に行ったときに古道具屋で買ってきたものだったりしますが、固有のイメージなんて、一緒に置いてあるものの組み合わせ次第で、意外にわからなくなったりするものなんですよ。ほかにも、カウンター越しに料理を創る姿が見られるのも、こういうこぢんまりしたレストランの醍醐味だと思うので、自分の動きもなるべくキビキビと、メリハリをつけた所作を意識してます。

それから、環境的な話で言えば、空調がガンガン効いたところで食べる料理って、あまりおいしいと感じたことがないので、うちでは季節を感じられる程度の温度に設定しています。とくに夏なんて、汗ばんで食べるくらいのほうがおいしく感じられません? 何と言うか、感覚が開いている感じがして。さっきのタイ料理の話で言えば、タイ料理が酸っぱかったり、甘辛かったり、すべての味のパラメーターが高いのは、そもそもタイが高温湿気な気候だったりするからで。だから日本で“本場の味”を再現しても「うわ、なんか味濃い」ってなっちゃう。つまり、気候条件や環境って、味や食事の体験と密接に関係があるんですよね。

今後、HAPTICを意識した展開として
どんなことを考えていますか?

これからも、お客さんがあっと驚くような、新しい食材を積極的に使っていきたいですね。ワニガメって知ってます? 今、千葉県あたりですごい勢いで増えてて問題になっているんですけど。何を餌にしてるかにもよりますが、たぶん魚を食べているので、僕の予想ではけっこういい出汁が出ると思うんです。だって、「ワニガメとブラックバスのスープ」って、聞いただけで最強じゃないですか(笑)。ほかにもハクビシンとか、今の日本の環境で増えすぎて困っているような動物を、おいしい料理に仕立てられたらおもしろいしと思いますね。そういうふうに自然に則しながら、社会の役にも立つことができたら、僕がここでやる意義もあるんじゃないかな、と思います。

TEXT BY WATARU SATO
EDITED BY MASARU YOKOTA(Camp)
PHOTOGRAPH BY HAJIME KATO

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