2017.07.19

田中由浩(名古屋工業大学 大学院工学研究科)触覚研究により、人々の幸福度の向上をめざす

〜触覚情報の共有や拡張が拓く未来〜

田中由浩(たなか・よしひろ)

田中由浩(たなか・よしひろ)

2001年東北大学工学部3年次に大学院に飛び入学、2006年東北大学大学院工学研究科博士課程修了。博士(工学)。人間の触知覚メカニズムに興味を持ち、指の内部構造や皮膚特性のような基礎研究から、腹腔鏡下手術用触診システム、他者との触覚共有システム、触感のプロダクトデザインなど、幅広く触覚研究を展開している。2014年 よりJSTさきがけ研究者を兼任。2011年オランダ・ユトレヒト大学客員助教、2017年秋田大学客員教授なども務める。

エンジニアリングのアプローチから触覚デバイスの開発などを行う田中由浩先生。開発したデバイスがリハビリテーションの現場などでも使われはじめています。どういったアプローチで研究開発を行われているのか、触覚の研究がわたしたちの未来の生活をどのように変えていくのかを語っていただきました。

Vol.2の様子

7月19日HAPTIC DESIGN Meetup Vol.2の模様。この記事はイベントでのトークを中心に構成しています。
PHOTOGRAPH BY ZHANG QING

触覚の錯覚現象を体験することで、身体の機能を考察する

皆さん、こんばんは。名古屋工業大学の田中と申します。科学技術振興機構(JST)で、さきがけ研究者をしています。今日はHaptic ×(Body)をテーマに、身体性に関わる話と、デザインするときに考えている「主観性と身体性を組み合わせて考える」ということを紹介できたらと思います。

私のベースは機械工学とかロボットですのでガチガチのエンジニアリングです。ですので具体例を中心に、特に皮膚の振動というところに注目して話を展開したいと思います。

皮膚の振動の前に、触覚における主観性や身体性を端的に表現できるデモンストレーションを持ってきました。「ベルベット・ハンド・イリュージョン」と呼ばれるもので、以前から知られた触覚の錯覚現象です。錯覚にはいろいろな種類があるんですけれど、例えば視覚と触覚が合わさった錯覚現象などもありますが、この錯覚は触覚だけで出る錯覚です。両手で合わせてこの金網の表面をなぞると、手と手の間に何かヌルッとした滑らかなフィルムがあるような触感が出ます。ということで、ちょっとやってみましょう。

ベルベット・ハンド・イリュージョンのデモ風景

(田中)では、こちらの方、最初に片手で触ってください。

(Aさん)ざらざらしています。

(田中)次に、両手で挟むようにして触ってみてください。

(Aさん)ああ。確かに何か……。滑らかなシートに触れてるような感じがします。

(田中)ありがとうございます。今、ひとりのかたの両手で錯覚が出ました。両手で錯覚が出ると、右手と左手はある種つながってるので、体験者個人の脳の話かなと考えがちなんですけれども、これ実は、他人同士でも起こるんです。

触覚を自己言及的なものとしてとらえる

触覚は最終的には脳で感じる感覚なんですが、基本的な触覚のベースっていうのは、自分の体を動かして、自分の皮膚にどういうような変形が起こったか。あるいは、どういう温度変化が起こったか。どういう振動が起こったかっていうのが大事なんですね。

さきほどの錯覚は、他人同士でも起きるということでした。ということは自分とつながってないものでも出るわけですね。このワイヤ越しに、皮膚のお肉が盛り上がったり盛り下がったりする。要は、特別な変形が皮膚に起これば、われわれは全然違う触感を想起してしまう。触覚っていうのは、自分の体を通して得る感覚なんだよということを意味してるんですね。

私は特にこれを「内的特性」という呼び方をして整理しています。一つ目は触覚は「自己言及的」だということです。これは、慶応の前野先生が、とある本に「自己言及性」と書かれていて、いい表現だと思って使わせてもらっています。自己言及的な表現では「私はうそつきである」という表現があります。感覚すべてに言えるんですが、先程のデモがワイヤー越しに他人同士でも感じられると申したように、自分の皮膚で起こる変形が大事です。すなわち、自分で自分を表現するということですね。刺激が入って自分の皮膚には変形が起きると考えると、例えば小さな指、あるいはすごく固い指、女性とか皮膚が薄かったりします。恐らく同じものを触ってても、力学的には人それぞれ違うことが起こるんですね。それでわれわれはある感覚を得ているわけです。そう考えると、それぞれが持ってる感覚世界というのは随分多様かもしれないと思えるわけです。ちなみに最近私はつり革を持ってる人とか見ると、あの人の触感はどんなんだろうとか、爪の形とか指の厚みとかを見ながら想像するっていうことが趣味になっています(笑)。

触覚における双方向性

二つ目は、これも先程のデモンストレーションの中に、エッセンスとしてあるんですが、「双方向」です。

私たちは運動によって触覚を得ますが、同時に触覚を得ながら運動を適切にコントロールしています。先ほど私が「これをなぞってください」って言うだけで感じてくれました。これは結構難しいことだと思うんですよね。ただ私が、「これ、こういう錯覚です」って言ったので、自分で感じられるようにうまく力加減とかなぞり速度とかを自分で調整してくれているんですね。

普段の生活の中でも何かを触った瞬間に「これは赤ちゃんの皮膚だから、柔らかいから優しく触ろう」とか「これは固いから、こんな感じで持とう」と調整することでうまく運動ができています。何か通り一辺倒の一定の力でなぞってテクスチャーを測ってるのではないんですね。

このように非常に体に依存してるのが触覚です。もちろん視覚・聴覚全部そうなんですけども、特にこれが「身体性」と呼ばれているように、皮膚の中で、力学的に大きな違いの中で得られてる感覚です。

触覚を情報化することで技や感性を共有できる未来を創造する

触覚が情報化された未来が、どんな未来かと考えると、一人一人の触覚を情報化して、それを伝達したり、拡張したりすることができると考えられます。

今はスポーツ選手の感覚、お医者さんの感覚、子供のときの感覚といったものを共有することはできませんよね。でも、触覚を情報化し、感覚そのものを共有して、あるいはそれを拡張して、技とか感性を共有することが多様性の理解にもつながり優しい社会になるんじゃないかなというふうに思っています。

今日は皮膚の振動をテーマに開発してるセンサーの話などをしたいと思います。そしてその活用に関しての話をボディイメージとの関わりからご紹介します。

触り心地の伝送を可能にする
ウェアラブル皮膚振動センサーの開発

装着方法は指先に巻きつけるだけ。シンプルであるがゆえにさまざまな応用を考えることができる

これは「ウェアラブル皮膚振動センサー」と呼んでいるんですけども、3年前ぐらいに開発したものです。触覚は非常に主観的です。Aさん、Bさんが非常に滑らかな物を触る実験を行うんですね。そうすると、ある人は「うん。これは滑らか。ツルツル」って答えるんですけど、ときどきある人は「何かこれ、引っ掛かる。ザラザラしてる」って答えるんですね。

同じ材料でも答える感触は人によって異なります。実は皮膚で起こってる振動が違うんですね。

皮膚の特性でも変わるし、運動の触り方によっても異なる。この感覚を測れないかと作ったのが、先ほどのセンサーです。普通センサーというと、何か対象物と指の間にセンサーを入れることが多いのですがこれは見てのとおり、指の先端はフリーです。だから、直接対象物に触ることができるんです。そうすると、触りながら運動をちゃんと適切に選べるわけですね。

あと、このセンサーは皮膚の振動を値として取っています。振動は、地震と同じように伝搬していきます。皮膚は身体全部を覆っている器官です。これは高速度カメラで撮った映像ですが、下から刺激を与えてあげると、ちょっと上のほうが少し震えてるのが分かるかと思います。

皮膚上を刺激が伝搬しているのがわかる

振動というものは、皮膚を伝わって伝搬していくんです。そのため、指先をフリーにして振動を取ってあげれば、自分の皮膚の振動、先ほどのザラザラ、引っ掛かるみたいな、人それぞれの情報をちゃんと数値化できるというふうに考えられます。

双方向性と自己言及性を維持して、触覚を情報化するってことができるようになります。私は機械屋さんなので、センサーをモデル化したり、振動がどれぐらい人の皮膚で伝わりやすいかっていうのを計測したりしています。こちらのグラフはザラザラとか、サラサラとか、ツルツル、デコボコなどテクスチャーが異なる素材でどういうふうに周波数が変わるかを示したものです。では、これを使って何ができるかについて話したいと思います。

右のグラフは8種類の異なるテクスチャーを持った素材をウェアラブル皮膚振動センサーを指先に装着してなぞることで出力された数値。素材ごとに出力されるFrequency(周波数)に特性があることがわかる

操作方法はデバイスを指先につけて触るだけ。触り方の強弱や角度などによっても振動の仕方が変化する。シンプルな操作性は使う人を選ばない

触覚のコミュニケーション

1つ目は、触覚のコミュニケーション。私は他人の感覚世界を味わいたいという個人的な欲求でこれをやりました。

写真では子供達が触覚のコミュニケーションを体験しています。、一番大きい子が今、指にセンサーを付けてます。他の二人が、振動子を持って大きい子がなぞったテクスチャーの素材感を指で感じています。

ウェアラブル皮膚振動センサーは南澤先生がつくってるTECHTILE toolkitと基本的には一緒。違いとしては、皮膚の揺れを取っている点です。こうすることで自分の皮膚で触ってる情報を人に伝えることができます。

これもデモをしてみたいと思います。幾つかのテクスチャーのパネルを持ってきました。こちらのマジックテープはザラザラでこちらのマジックテープはちょっとふわふわです。これとこれ、違うの分かりますか? これは畳みたいな触感なんですけど、こういうテクスチャーは爪を立てると凸凹した触感に変化します。こちらの両面テープだと、キキキキッていうでしょう。例えばボールペンの感覚っていうのも、センサーは自分の皮膚ですね。なので、実はこういうボールペンの筆記感っていうのも、このセンサーで拾って人に伝えられます。丸を描いてますよね。何となく伝えることができます。このデバイスは人の触感を感じることができるので多様性の理解につなげることができるのではないかと考えています。お子さんがやったりすると、ガサガサってやったりするんですね。「おお、すげえ振動してる」とか、でも女性だと結構優しいタッチなんです。そういうのが分かるので、それだけでも何かちょっと自分の世界観が広がる感じがしています。

触り心地だけでなく、ボールペンで紙に書き込んだ時のテクスチャの感じやはさみで紙を切った時の違いなども伝送することが可能

リハビリテーションへの活用の話

こういうものを作って、最初は展示会などに出展していました。色々縁があってもともと交流があった国立障害者リハビリテーションセンター研究所の河島先生に装置を紹介したら「これ、いろいろ使えるよ。リハビリとか義手とかにすごく相性いいんじゃないの?」と言ってくださったんですね。まだ製品化してるわけでもなくて、検証レベルの話なんですが感覚が鈍麻した方に使えるのではないかと考えて共同研究を行っています。

脳卒中になった方は、片側の手足がうまく動かないという方もいるんですけど、中には感覚が鈍くなる方がいるんですね。例えば、ものを触るときに力加減が分からなくなったり、誰かに触られても、人さし指を触られてるのか、小指を触られてるのか分からないなどです。当然、視覚で補えるんですが、できたら病気になる前の状態に戻れるといいですよね。そこでこの装置を使用します。

先程は自分の感覚を人に伝えるために使ったんですが、自分の鈍い手で触っている情報を健康な自分の手や他の場所に返してあげて、それによって触覚をリハビリするという試みを行っています。

例をお話します。左手の感覚が鈍くなってしまった方がいるとします。その方の左手にセンサーを付けまして、振動子を左手の甲の上に乗せます。そして正常な右手をその振動子の上に乗せ、両手で振動を感じるようにします。

こうすると、何となく、何か鈍い手でも触ってるように感じてくるんです。脳に刷り込んでるみたいな感じがします。さっき触っていただいた、いろんなテクスチャーを触って違いを認識するんです。

最初は分からなかったのが「ああ、これさっきのザラザラしてるやつ」とかっていうふうに答えられるようになるんです。もちろん感覚がより良くなるっていうのも大事なんですけど、もう一つ大事なことがあります。

とある患者さんは最初、積み木を2個ぐらい積み上げるのがやっとだったんですね。力加減が分からなくてガタガタしてました。ただ、このリハビリをやったあと5段も積み上げられたんですね。これは運動にも良い効果があるということ。これはまさしくさっきの双方向性です。キャリブレーションのような効果で一時的ですが、感覚が少し前より敏感になってきたので、それによって運動もスムーズにできるようになる。

リハビリテーションの分野は、直接的に見える運動のリハビリっていうのが当然主流なんですね。感覚の世界って、今まで見えなくて情報化できなかったので、何をしたらいいかよく分からなかったんです。ただ、最近少しずつそれができるようになってきました。たまたま私もその一つに挑戦しています。感覚のリハビリテーションというのが、これからもっと盛んになってくるといいなぁというふうに思って河島先生と一緒に研究させてもらっています。

ボディイメージを形成するための触覚の必要性

もう1つ、触覚が関わる重要なものに、ボディーイメージがあります。有名な実験で「ラバーハンドイリュージョン」というものがあります。どのようなものかというと、被験者から自分の左手が見えないように敷居を立てます。そしてゴム手袋を自分の左手のように見えるように設置し、その際被験者の左手は覆いをするなどして被験者からは見えないようにします。そのゴム手袋と実際の自分の手を同時に筆でなぞるなどして刺激を与えます。そうすると、だんだんゴム手袋が自分の手になったような感覚がしてきます。これは視覚と触覚の融合によってボディイメージを変えるっていうことなんです。おもしろいのがゴム手袋が自分の手のように感じて来て、不意にゴム手袋をハンマーなどで叩かれると思わず手をひっこめようとするんです。体の一部になってるわけですね。このようにボディイメージを形成する上で触覚はとっても重要なんです。

ボディイメージに関して理解しやすくなるデモをやってみたいと思います。キャンドルフィンガーイリュージョンというものです。お隣の人と人指し指同士を合わせてキャンドルをつくってください。

簡単に試すことができる触覚の錯覚だが、なんともいえない違和感が発生する

片方の人が自分の人さし指と相手の人さし指を挟むようにして優しく上になぞってあげてください。そうすると、何か自分の指がすごく固くなった気がしませんか? この現象がなぜ起こるのかは分かりません(笑)。何でか分からないんですけれども、指の感覚が鈍くなります。まひしたような感じがしますね。このデモからもわかるようにわれわれの体の認識のために触覚ってとっても重要なんですね。

エンジニアリングの力を用いて
人々の幸福度をどのように上げていくか

現在、ウェアラブル皮膚振動センサーを使って、感覚を義手に入れるトライしてます。このセンサーは義手に入れられるわけですね。「装飾義手」と呼ばれる本物の手にそっくりな物に先ほどのセンサーが入ってて、指先の情報を取得します。そして取得した振動を腕の切断端のところに返してあげるんですけど、こういうことを今トライしています。実際の障害者の方に付けてもらってフィードバックをもらっています。手自体は動かないんですけども、やはりその感覚が自分の中に認識されると、自分の身体認識が非常に上がるので、幻肢痛を抑えることなどにつなげたいと考えています。このように触覚のテクノロジーを用いることで人々の幸福度を上げられるような研究を今後もつづけていきたいと考えています。

本日はありがとうございました。

 

義手でテクスチャに触れるとそれぞれ異なる反応を示していることがよくわかる

(田中由浩,河島則天, 吉川雅博,神田将輝 ,振動の検知と呈示による義手への触覚付与に向けた基礎検討 ,第17回システムインテグレーション部門講演会講演論文集,p. 1355, 2016)

もっとも素敵なHAPTICSだと思う、
世の中のモノゴト(事例)とは?

握手、手を繋ぐことです。触覚を通して、相手の温もりを感じ、存在を感じます。それは同時に自分の認識にも繋がります。私たちは言葉を使って多くを表現しますが、触覚からも感じ取るものもあると思います。自分一人ではないという世界の認識、心を通わすために触覚は大事なメディアだなと思います。

TEXT  BY KAZUYA YANAGIHARA

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