2017.09.04
〜サウンドによるリアリティの設計法〜
川口 貴志(かわぐち・たかし)
ゲーム業界と音楽業界を半分ずつ経験してきた、エンジニア寄りのサウンドデザイナー、ディレクター。1998年よりゲーム会社、ネットベンチャー、音楽制作会社、フリーランスを経て2015年、CRIに入社。ゲームにおける音の演出ノウハウを活かし、主に音響デザインと触覚デザインの研究をしつつ、ミドルウェアのエヴァンジェリストとしてスマートフォンアプリ、VRコンテンツ、配信サービスなど体験の向上に努めている。
ゲームのミドルウェアの会社でオーディオや触覚体験を手軽にデザインするミドルウェアの開発に従事されている川口さん。サウンドデザイナーの経験や知識を活かすことでより完成度の高いHaptic Design体験をつくることが可能だと考えておられます。エンターテイメント分野にHaptic Designが浸透することで、どのような体験を創出することができるのかを語っていただきました。
2017年9月4日HAPTIC DESIGN Meetup Vol.3の模様。この記事はイベントでのトークを中心に構成しています。
PHOTOGRAPH BY JUNICHI KANEBAKO
今日は、Haptic ×(Entertainment)Designというテーマでお話しします。まず、簡単に自己紹介ですが、わたしは過去20年ほどゲームのサウンドデザインやディレクションをやってきました。
現在所属しているCRI・ミドルウェアは、音声、映像をメインとしたミドルウェアの会社です。ゲームをされる方であれば、会社のロゴをいろんなゲームのタイトル画面とかでご覧になられた方もいらっしゃるかと思います。この会社で、2016年の1月ぐらいから「CRI HAPTIX」という触覚デザインをするためのミドルウェアの開発を始めました。
CRI・ミドルウェア社はゲームを作るための環境を提供している会社。2018年6月現在、採用タイトル数は4,400本を突破
今日お話するのは3つ。一つ目は、ゲームで触覚を感じる体験を向上させるために、物理刺激の再現をどうするか。二つ目は、楽しい触覚フィードバックとは何か。最後はその実践編として、どういった考え方でデザインをするといいのかという話をいたします。
ゲームにおける触覚体験と聞くと、皆さんはコントローラーがブルブルと震える体験、これが一番思い浮かぶかなと思います。ブルブルするコントローラーなんて昔からあったじゃないかと思われるかもしれませんが、最近、ちょっと注目度が上がって来ています。一つがヴァーチャル・リアリティ(VR)ですね。ヴァーチャルな体験をよりリアルに感じるためには、触覚がすごく大事であるとされています。
もう一つはゲーム機Nintendo Switchで、突然HD振動(※)なんていう言葉が出てきました。古くは20年前のNINTENDO64から振動コントローラーは存在していました。従来ですと重心のずれたモーターがぐるぐる回ることで、ブルブル震えるっていうだけで、あんまり細かい触覚は作れなかったんですがいろいろと改善されてきて、だいぶ注目度が上がってきています。
※「リニア振動モーター」により、微妙な振動のちがいを細かく表現することが可能となり、ボールが転がる触感や、ガラスの中で氷がぶつかるような触感などをつくることができるようになった
参考URL:https://topics.nintendo.co.jp/c/article/73d9531a-6bbe-11e7-8cda-063b7ac45a6d.html
物理刺激の再現、これははっきり言ってしまうとできません。手元のコントローラーのブルブルしかない状態では、完全再現することは無理です。では、どうやってアプローチしたらよいのでしょうか?
そもそも人って五感の情報をどうやって知覚してるのでしょうか。人は情報を100%ピュアに受け取っているわけではありません。特に有名な例としてとある炭酸飲料を挙げることができます。オレンジやグレープなどいろんな味があるのですが、味自体は一緒だと言われています。香料と見た目の色等で、脳が「これはグレープ味だ」とか、「これはオレンジ味だ」みたいな知覚をしているとされています。ということは、触覚も他の感覚と合わせることや自分の行動の前後のコンテキストに合わせることで、本物っぽい触覚を体験することができるのではないでしょうか。
ゲームにおける触覚デザインの方法ですが、三つほど考えるべきことがあります。
1,どのタイミングでデザインをするか
キャラクターデザインやゲームのシステムが完成し、ゲームができあがりつつある頃、ようやく触感を作り始めるとかはありがちな話かもしれません。
2,プラットフォームの違いをどう乗り越えるか
PlayStation™や、PCといった対象のプラットフォームごとに、振動する体験が全然違うので、どのように合わせていくかということも考えなければなりません。
3,誰が担当するのか
そもそも誰が触覚のデザインを担当するかというのが、結構問題になってくるかと思います。
とくにこの三つ目に関して、私のおすすめはサウンドデザイナーです。一つ目と二つ目に関しては、実際に作っていくときに、どうやってデザインをして、確認するというプロセスがどうしても必要になるので、どうやって環境を整備していくかということが大事になってきます。ということで、簡単に弊社の触覚のミドルウェアをご紹介させてください。
弊社はもともと映像、音声をやってる会社です。音声のオーサリングツールとして、波形をまるで作曲ソフトのように並べて、一つの命令でいろんな音が鳴らせるツールを作っています。その中に振動トラックというものを追加して、実際のプログラムからは音を鳴らす命令一つで、振動もセットで起きるというものを作っています。そして、これはスマートフォンだけでなく、他のコントローラーにも応用が可能です。
コントローラーごとに振動する素子がそれぞれ違いますので、その差異をなるべく吸収していこうと現在開発中です。触覚のミドルウェアでは、触覚フィードバックのデザインにオーサリングツールを使うことで、簡単に作ることが可能となります。
サウンドと同じように波形を編集することで触覚をデザインしていく
触覚を作り込む環境もそろってきましたし、触覚の特性を意識してなるべく楽に作ろうというのが弊社の現在の取り組みです。では次に実際にゲームにおけるHaptic Designの例をあげて紹介します。
例えば釣りのゲーム。スマートフォンで釣りのゲームを作ることを考えたときに、どんなアクションが考えられるでしょうか。もちろん、釣り竿を振る(スマートフォンを釣り竿に見立てて振る)とか、リールを巻く(スマートフォンの画面をリールに見立て、指で円を描く)といったアクションがあるかと思います。その体の動作に合わせて振動があるといいですよね。人と紐づくアクションに合わせた振動ですね。身体動作に合わせたリアクションがあることで、よりその体験に説得力が増してきます。あとはそのゲーム内のオブジェクトに動きがあればそれに合わせたリアクションもあるとよりリアルです。
アクションと触覚フィードバックを調和させることでよりリアルな体験をつくることが可能となる
デザインするときのポイントとしては、疑似体験に説得力を持たせるというのが一番のポイントかなと思います。説得力を持たせるのは、サウンドデザインがすごい得意な領域です。例えば映像、ゲームなどで、音がすごくうそをついてるってことを皆さんご存じでしょうか? 一番わかりやすいのは「スター・ウォーズ」の映画とか、宇宙で音が鳴ります、爆発します。あれって全然リアルじゃないんですけどリアリティがある。リアルじゃないけどリアリティがあるというのは、すごく説得力があるということです。ゲームのサウンドデザイナーは、いたるところでうそをついてきました。なので、触覚も手元のコントローラーしかないんですが、その微細な振動をすごくオーバーに伝えるためのノウハウをいろいろ知っているということで、サウンドデザイナーさんが振動をデザインするメリットがあるだろうと思っています。
さらに、振動と音のデザインが近しい理由がもう一つあります。そもそも音は、空気振動です。振動するところは音も鳴りますし、逆に音が鳴っていれば、何かしら振動しているということです。表現としては爆発中でも無音みたいな映像もあったりするんですけども基本的にはあり得ないですね。
ですので、先ほどのオーサリングツールでも紹介しましたが、音を鳴らすタイミングで一緒に振動させてあげるというのが、ゲームに限らず触覚のデザインをする中で非常に都合がよいかと思います。
先ほどうそをつくと言ったんですけども、やっぱり現実世界に存在しない音や振動が存在します。魔法みたいなものですね。そこは上手なうそのつきどころです。
さらに先ほど、スマートフォン向けというお話をしたんですが、スマートフォンでゲームをされる方のなかには、例えば通勤中とかに音を消して遊ぶ方は結構いると思うんです。よい振動デザインができると無音でゲームを遊んでいても結構楽しい。何が起きたかというのがすごくわかりやすかったり、普段音を出して振動も体験しながら遊んでいると、無音で振動を感じているときにも音が鳴っているように錯覚するようなこともあります。もちろん、ユーザーインターフェースとして機能しますので、音を出せない環境でも、より遊びの体験がよくなると思います。
ゲームやエンターテイメントの世界は、せっかくのヴァーチャルな体験なのでより楽しく驚きのある体験を作りあげたいですよね? 私たちはハプティックをデザインしやすい環境を用意しておりますので、ぜひ皆さんで盛り上げていけたらいいなと思っております。どうもありがとうございました。
スピーカーから音楽を大音量で再生した時に身体で感じるハプティックが好きですね。とくにクラブミュージックのバスドラムが身体に響く感じが好きです。音楽のミキシングを真面目に勉強するようになってから、身体のどこにプレッシャーがかかってるかでなんとなく音の高さのヘルツ数を感じ分けられるようになりました。耳だけではなく身体で感じる音楽には、思わず人が身体を動かしてしまう力があると思います。
TEXT BY KAZUYA YANAGIHARA