2017.06.21
〜Ontennaの開発をとおして〜
本多達也(ほんだ・たつや)
1990年 香川県生まれ。大学時代は手話通訳のボランティアや手話サークルの立ち上げ、NPOの設立などを経験。人間の身体や感覚の拡張をテーマに、ろう者と協働して新しい音知覚装置の研究を行う。2014年度未踏スーパークリエータ。第21回AMD Award 新人賞。2016年度グッドデザイン賞特別賞。Forbes 30 Under 30 Asia 2017。Design Intelligence Award 2017 Excellcence賞。現在は、富士通株式会社マーケティング戦略本部にてOntennaの開発に取り組む。
「髪の毛で音を感じる」、その一見不思議なアイデアは、身体を通じて自己と世界をつなぐインターフェイスとなり、ろう者の感じる世界を一変させるプロダクトとして注目を集めています。開発者である本多さんは、Ontennaの開発を通して多くのろう者の方に「音が存在する」という発見を届けてきました。Ontennaの開発はプロトタイプを何度も作ってはろう者の方に実際に使ってもらい、フィードバックをもらい、それをもとにまたプロトタイプを作るという、徹底的なユーザ目線の開発手法によりブラッシュアップを重ねてきました。彼の気持ちに共感した人たちの協力によりバージョンアップを重ねているOntennaは、触れるデザイン、HAPTIC DESIGNをどのようにかたちづくってきたのか、開発の経緯を語っていただきました。
6月21日HAPTIC DESIGN Meetup Vol.1の模様。この原稿はこのイベントでのトークを中心に構成しています。
大学1年生のころに、聴覚障害者、特にろう者と出会ったことがきっかけで手話の勉強を始めるようになりました。手話通訳のボランティアをしたり、手話サークルを大学内で立ち上げたほか、NPO法人をろう者の方々と一緒に立ち上げたりなど、さまざまな活動をしてきました。
ろう者の方はまったく耳が聞こえませんので、電話やアラームが鳴っても聞くことができません。ろう者の生活を支えるようなデバイスもあるのですが、時計型のデバイスのディスプレイに文字情報と本体に振動を提示させてユーザに通知する形式だったりと、どこか記号的な印象がありました。例えば電話が鳴ったとしてもその音が持つリズムやパターンがわからないんです。そこで私が発案したのが、「人間の髪の毛を使って音を感じる」という新しいユーザインタフェースです。
Arduinoで組まれたOntennaの元も初期のプロトタイプ。これだけは分解せずに大切に保管されている。
現在の髪の毛に付けるタイプのデバイスになるためには多くの試行錯誤がありました。これまでたくさんのプロトタイプをろう者の方と一緒に作ってきました。作っては使ってもらって、ろう者の方からフィードバックをもらう。それを学生時代のときから繰り返してきました。
最初は音の大きさを光りの強さに変えるデバイスを開発しました。しかし、ろう者の方は健常者以上に視覚情報に頼って生活をしています。その上にさらに別の視覚情報を付け加えるとユーザにとって負担になってしまう。それがインタビューからわかってきました。
そこで触覚を使った音のフィードバック方法を考えるようになりました。腕などに直接つける方法も考えましたが、ろう者の方から、「気持ち悪い」「蒸れる」「麻痺する」といった意見がありました。また、服に付ける方法も考えましたが、次は振動がわかりづらくなってしまいました。やっとの思いでたどり付いたアイデアが髪の毛に付ける方法でした。
髪の毛はすごく振動を知覚しやすく、また肌に直接触れないため、まひや蒸れが少ないといったメリットがあり、手話をするときや家事をする時に腕に負担を掛けるといったこともありません。髪の毛にしたきっかけは、ふわっと風が吹いたときなど、なんとなく風が吹く方向がわかることから、繊細なセンサーとしての役割が備わっているということに気がついたんです。人間の髪の毛はただ生えてるだけでなくて、新しいインターフェイスとして使えるのではないかというアイデアができました。
少し膨らんだ箇所がマイク部分。このマイクが周囲の環境音を取得し、振動と光に変換する。
装置の原理は30〜90デシベルの音圧、つまり音の大きさを256段階の光と振動の強さにリアルタイムに変換することで音の特徴をユーザに伝えます。
Ontennaを試してくれたとある学生は、ろう学校ではセミは「ミンミン」と鳴くとだけしか教えられておらず、それがどういうリズムで鳴くのかを知らなかった。でもOntennaを付けるとそれを感じることができると言ってくれました。
また、Ontennaが光ることによってユーザだけでなく、周りの人にも音を伝えることができます。ほとんどのろう者の方は手話でコミュニケーションをとるため、声を発することはあまり多くないのですが、この機能があることで、声を出すと相手のOntennaが光るため、ちゃんと自分の声が届いているということがわかります。そのため、「あっあっ」と声を出して自分の声を確かめるといった場面を見ることができました。Ontennaがあることでろう者の方にとっての未来のコミュニケーションが生まれるのではないかということを感じました。
また、ろう者の方は耳が聞こえないため、掃除機のコンセントが抜けても気付かずに掃除機をかけ続けるということがあります。でもOntennaをつけていると振動の有無により気づくことができます。本を読んだりしているときも振動によって呼び鈴を鳴らされていることにも気づくことができる。このようにOntennaはユーザの生活に寄り添った使い方をすることができるんです。
耳が聞こえないといった状態はろう者にだけ当てはまることではありません。普段耳が聞こえる人でも、イヤホンを使って音楽を聞いているときは、周りの音を聞くことができないため、ろう者と同じ状態になっているといえます。ですが、Ontennaを付けていればOntennaが振動することで周囲の変化に気づくことができます。Ontennaがあることでろう者の方だけでなく、健常者の生活もより良く変わればと考えています。
富士通社内のデザイナー、エンジニアの協力によりプロジェクトは一気に加速した。
Ontennaが世界中のいろんなメディアで取り上げられることで、ろう者の方からどこで手に入るんですかとか、売ってくださいといった声を聞くことができました。その声が大きくなればなるほど、届けたいという思いが強くなっていきました。それを後押ししてくれたのが今所属している富士通です。
富士通は元々、障害者の雇用に力を入れていたり、「LiveTalk」という音を文字に変換することで情報を補助するアプリケーションを作っていたりとすごく障害者に理解がある会社だということを知りました。そこでOntennnaプロジェクトを富士通とともに進めていくことを決めました。
現在はOntennaのプロジェクトリーダーをしています。デザイナーやエンジニアの他に、ろう者の方にもプロジェクトに入っていただくことがあります。プロのデザイナー、エンジニアが入ることで新たなバージョンのOntennaを作ることができました。PVの作成やプロモーションをどのようにしていくかということも考えています。
映像の最後にあった、Innovated by Fujitsuといったブランド名はOntennaのために作ってもらいました。ロゴをこれまでのものからブラッシュアップしたり、「あっ、音がいた」というキャッチコピーをろう者のコピーライターの方に考えてもらったりと富士通に所属してからプロジェクトが加速しました。
また、国内外のメディアからインタビューがあったり、富士通ジャーナルでのOntennaの記事に1万いいね!が付いたり、グッドデザイン賞のベスト100に選出されたほか、特別賞の未来づくり賞もいただきました。
Ontennaはいろんな方からいいねとは言ってもらえますが、本当にろう者にとっていいものと言えるのか、その真価を確かめるためにこの半年間いろんな場所でインタビューやワークショップを通じて確かめてきました。
そしてこのリアルな意見をもとに新型Ontennaを開発しました。
新型Ontennaには2つのモードを備えています。「Simple Mode」と「Smart Mode」です。Simpleモードは音を楽しむためのモードで、感度調整機能によりダンスや楽器の演奏がしやすくなるほか、光のON・OFF機能を備えているため映画館やコンサートで使用することが可能です。Smart Modeはスマホと連携し、探索や音楽を楽しむことができる機能を備えています。
こちらは昨年Tedで講演した際の映像です。この時は、ろう者の女性と一緒にドラムの演奏をしました。Ontennaを付けることで音の強弱を意識しながら練習を重ねてくれました。また演奏した曲はOntennaのために音楽大学のドラムの先生が作曲してくれました。本番のパフォーマンスでは見事二人でパフォーマンスをすることができました。
Ontennaプロジェクトは本当に社内外問わず多くの人のサポートにより進めることができています。プロジェクトを進め、一日でも早く世界中のろう者の方にOntenna を届けたいと思っています。
TEXT BY KAZUYA YANAGIHARA