2016.12.08

川村真司(PARTY)世界中にWOWを起こした、触れるMV「Golden Touch」の制作秘話

〜擬似触覚をいかにデザインしたのか〜

川村真司(かわむら・まさし)

川村真司(かわむら・まさし)

クリエイティブ・ラボPARTYクリエイティブディレクター/共同創設者。数々のブランドのグローバルキャンペーンを始め、プロダクト、テレビ番組開発、ミュージックビデオの演出など活動は多岐に渡る。カンヌ広告祭をはじめ数々の賞を受賞し、アメリカの雑誌Creativityの「世界のクリエイター50人」やFast Company「ビジネス界で最もクリエイティブな100人」、AERA「日本を突破する100人」に選出。“Touch”をコンセプトに、ビデオ画面をタッチしながら、色んなタッチを疑似体験することが出来る安室奈美恵のMV「Golden Touch」は、世界中で反響を呼んだ。

再生回数1,400万超、世界中が体感した“触れられるMV”安室奈美恵の「Golden Touch」
触っている感覚とキモチになる映像表現の軸になったのは、「Pseudo-Haptic(スードハプティック)」、擬似、偽りの触覚のデザイン。このだまし画のようで中毒性の高い映像作品は、どのようにデザインされたのか。PARTYのエグゼクティブ クリエイティブ ディレクター川村真司さんが、制作の舞台裏、擬似触覚を起こすために使ったテクニックを種明かしてくれた。HAPTIC DESIGN CAMPでのトークを全公開。

「Pseudo-Haptic(スードハプティック)」既存テクノロジーを少しズラした新たな体験のデザイン

NYから中継する川村さん

ー現在拠点とされているNYと中継を行い、川村さんご本人によるプレゼンテーションが行なわれました。

ボクがエグゼクティブ クリエイティブ ディレクターを務めるPARTYは、物語とテクノロジーを組み合わせて新しい体験を作るチーム。さまざまなテクノロジーを使った実験を行っているなかで、よくVR、ARといった比較的新しいテクノロジーの話しになるんですが、個人的により興味があるのは既存のテクノロジーを少しズラして使うことで、新たな体験を作ることに興味とモチベーションがあります。その流れで作ったのが、安室奈美恵さんの「Golden Touch」というMVでした。
「Golden Touch」は、「Pseudo-Haptic(スードハプティック)」というジャンルに通じる、擬似的に触っている気持ちになるビデオです。スードハプティックというのは、擬似触覚と訳されるもので、実際には触っていなくても、触っているかのような気持ちにさせられちゃう、というような状態を指します。HAPTIC分野で専門的に研究されている方も数多くいます。

まずは作品を観ていただき、それから企画の背景や作品が出来上がるまでの経緯を具体的に紹介していきます。
映像は画面の真ん中に指を置いてご覧ください。

 

インタラクティブにできないという制約から導いた映像を直接タッチする手法
断片的な気持ち良いタッチのシーンを集めるところから始まった

そもそもこのMVの最初の依頼内容は……

  • これまでの安室奈美恵ファンとは違う層にも届くような作品
  • 世界中でバズになるようなものを
  • 通常のビデオと違って、本人は登場しなくてもOK

というものでした。

恥ずかしいんですけど、ボクは女性を綺麗に撮るのが実は苦手で(笑)、安室さんを綺麗に撮れる自信がなかった……。「ご本人が登場しなくても大丈夫ですか?」と話をしたら、「いいですよ」と言ってもらえて受ける事ができた仕事です。

まず、タイトルが「Golden Touch」なので、タッチできるビデオを作ろうと考えました。当初は、スマホやタブレットを触りながらインタラクティブに観てもらえたら楽しいなと思ったんですが、「DVDにも収録されるビデオなので、映像だけで完結させて欲しい」とレーベルからのオーダーがありました。
そこで、実際にタッチしている気分になれる映像を作れないかと思ったというのが、思考の過程です。
その時は、スードハプティックの存在は知らなかったけれど、そっち(スードハプティック)の方向に向かっていったんですね。

次に企画ですが、気持ちの良いタッチのシーンをスケッチしていきました。絵コンテというよりも、触れたら面白いと思ったシーンを断片的に100シーンくらい描き出しました。例えばボトルが降ってきてパーッと割れるとか、はたまたゼリーとかを触ってぷるんとするみたいな、気持ち良さそうなのををとにかく集めていったんですね。

Golden touchのシーンラフ

その後に、スケッチをプリントアウトして机に並べて、採用するシーンを決め、撮影のための小物を作り、撮影していった、という流れです。

触る感覚を蓄積させるため、飽きさせずに体験させるための気づき

ここからハプティックの本題になるんですが、この作品をいろいろ試行錯誤しながら撮影・編集をしていくうちに気づいたことがありました。

指位置は変えずに、一カ所に固定する。
そのほうが観ている人にとってのハプティックが強くなる、ということです。
触る位置をどんどん変えていくいう案もあったんですが、試してみると、蓄積してきた触っている感覚が失われていく感覚があった。
その上で、一カ所に固定してなお、飽きさせないための手法にも制作の過程で気づいていきました。
タッチの種類を4種類に分類し、作品全体に分散させることで飽きさせないようにできるということです。

Golden touchのシーン別一覧

  • Static(指自体は動かない)
  • Single touch(一回タッチ)
  • Multi touch(複数回タッチ)
  • Swipe(横移動)

Static(指自体は動かない) は、指自体が動かずに映像の方から、対象物が向かってくる、アクションする表現
Single touch(一回タッチ)は、一回押すと対象物がアクションする表現
Multi touch(複数回タッチ) は、タッチタッチタッチ!と複数押すことで対象物がアクションする表現
Swipe(横移動)は、対象物がヨコ滑り、スライド系のアクションをするという表現

映像のなかでは、4種類のタッチの同じ物がなるべく連続で起こらないように、計算しています。

「触っている感」HAPTICを強める要素と工夫

HAPTICの触感を強める工夫の話です。これも実はトライしながら気づいたことです。

実写の物体の方がCGより触っている感覚が強い

実写ではないシーンサンプル

実写サンプルのゼリー

実写のほうがCGよりも、触っている感覚を持てるという気づきです。例えばインベーダーゲームのシーンは、指先からレーザーが出て敵を倒すという表現ですが、CGでは共感覚を持ちにくい。つまり、ユーザーの経験則上、触ったらこんな感じになるという基準にがないため、触っていることを信じられない。かたや、ゼリーがプルプルするのは、言葉で説明されても共感覚持てる。CGについては、もう少し工夫できたなという反省点もあります。

タッチの対象物には最初から触れていない方が良い

実写サンプルの水道管

これは、どうすれば、触っていると信じるように脳を騙せるかという視点。Beforeの状態と、触った後のAfterの状態の違いがはっきり見えているほうが触った感覚が強いという気づきです。例えば消火器から水が溢れ出している状態から、指に触れると、水がピタリと止まるというシーン。触った変化、触り終わった変化のギャプが大きいほど、本当に触ったんだなという気持ちが強まる。

触れた後一回戻った方がタッチ感がある

実写サンプルの機材

これは当たり前のことですが、例えばボタンが押しっぱなしの状態のままではなく、もう一度元の状態に戻り、もう一度押せるみたいな演出をしたほうが、HAPTIC感が強まるということです。その動きの距離感もいい具合に調整しないと、触った感覚を得られないということも気づきのひとつでした。

触る前の時間をなるべく確保したほうがいい

Golden touchのワンシーン

最後は、消火器の事例にも通じるのですが、触る前の時間を確保したほうが、HAPTICの感覚が強くなる。脳内で“こういう状態だよね”という認識がセットされたうえで、何かが起きるほうが、脳は触ったキモチを強めるということです。

今後可能性のある、チャレンジしてみたいHAPTIC DESIGNとは

 

触った感覚を強める工夫と狙いによって、おかげさまで「Golden Touch」のMVは世界中でバズを起こし、結果1000万再生を記念して安室奈美恵さんが登場するバージョンも制作することになりました。ここまで述べて来た事を思い出しながら見ていただくとまた違う気づきがあるかと思います。

HAPTICでは、文字通りの触った感覚だけでなく、それを擬似的に再現したり、他の方法で表現することもできると思っています。具体的には、VRはわかりやすいですよね。VRは、世界中に体験を拡げるようなスケーラビリティという点では弱いですが、ヘッドセットで360°映像に囲まれている状態というのは、スードハプティックを効果的に使える場だと感じています。また、世界中の人が持っていて、いろんなセンサーを搭載しているスマートフォンを使ったハプティックデザインにも可能性を感じています。
ボクの取り組みから、「HAPTIC DESIGN」というものの幅の広さをなんとなく感じ取ってもらえたら嬉しいなと思っています。

 

実際に映像に指を当てる参加者

TEXT BY RYOSUKE HARA
PHOTOGRAPH BY HAJIME KATO

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