2017.01.10

大屋友紀雄(NAKED Inc.)「拡張された日常」へのあくなき挑戦

〜映像演出による“ホンモノ性” と五感をめぐって〜

大屋友紀雄(おおや・ゆきお)

大屋友紀雄(おおや・ゆきお)

1997年に株式会社ネイキッドの設立に参画し、コンテンツプロデュース/クリエイティブ・ディレクション/コミュニケーションデザイン/プランニングを中心に活動。代表的なものとして、auスマートパスpresents 進撃の巨人プロジェクションマッピング『Attack on the real』、ニコニコ超会議2015 NTTブース『NTT 超未来研究所Z』総合プロデュース、山下達郎『クリスマス・イブ』20周年プロジェクトなど。

東京駅の3Dプロジェクションマッピング『TOKYO HIKARI VISION』やラスベガスで行われた『Japan KABUKI Festival 2016』の空間創造など、話題性の高い空間演出を数多く手掛けるクリエイティブ集団・ネイキッド。映像を中心に、約20年間にわたってシーンの発展に寄与し続けているプロデューサー/クリエイティブ・ディレクター大屋友紀雄さんが語る、「HAPTIC」と映像との関連性。また「HAPTIC DESIGN」の可能性とコミュニケーションの変革について語ります。

プロジェクションマッピングは
現実空間を拡張しコミュニケーションを生み出す手法

NAKEDは映像やデザイン/WEB/CGなどあらゆるジャンルの人間が集まって、すべてを演出できるチームを作ろう、と考えて1997年に設立した会社です。当時はデザインと映像の融合が始まった時期で、そこを起点にさまざまな作品を手がけてきました。

代表的なものでは、東京駅の3Dプロジェクションマッピング『TOKYO HIKARI VISION』があります。プロジェクションマッピングは、当初はビルに投影するところから始めました。その後すぐに「次は街でもやりたい」となり、星野リゾートの施設や遊園地を舞台にするなど、徐々に展開を拡大していきました。このころから”空間全体を創る”という意識が、僕らの中で明確になり、新江ノ島水族館の『ナイトアクアリウム』や横浜八景島シーパラダイスの『楽園のアクアリウム』など、水族館を使った新しい空間創りにも取り組んでいきました。

東京駅のプロジェクションマッピングの写真

-TOKYO HIKARI VISION ©主催:東京ミチテラス2012実行委員会

NAKEDはもともと、映画を創りたくて始まった会社です。ですから、ショートフィルムやMVを中心に映像を制作していました。しかし00年代以降に、映画制作をストップ。これには、理由があります。もともと僕らが映画に感じていた魅力は、“未体験”のおもしろさ。しかし世の中は変わって、今の映画はまず原作ありきで、それをどう映像化するかという“答えあわせ”ばかりになっていった。最近ではオリジナル脚本による実写映画は、ほとんど上映できない状態です。さらに2006年にはニコニコ動画が登場して、もはや映画はコミュニケーションのネタでしかなくなった。制作者のメッセージなどどうでもよく、ネタになって楽しめればいいという状況になって、僕らは絶望しました。そこで、いったい自分たちに何ができるんだろう、と一から考え直し、現実空間のなかに映像でコミュニケーションを創り出せる、プロジェクションマッピングを手がけるようになっていきました。「映像で現実を拡張したい」という想いは映画制作のころからありましたが、その新しい手段として、プロジェクションマッピングを始めたのです。

生理学的な人間理解への必要性から
触覚を含む五感への関心が高まる

大谷さんの写真1

東京駅でのプロジェクションマッピングが、どうしてあれだけ話題になったのかを考えてみて、僕らはひとつの仮説を立てました。それは「空間の認識は、一定のフィルターを通して外のコンテクストと結びついたときに変化するのではないか」ということです。東京駅のプロジェクションマッピングでは、100年前の駅舎の記憶と、映像、そして現実の駅舎が重なったことでギャップが生まれた。そこに何か”本物らしさ”を感じて、感動を呼び起こしたんだと思います。僕らはそれを“ホンモノ性”という言葉で説明しています。つまりプロジェクションマッピングとは、現実と虚構を交錯させたり、現実の認知を曖昧にすることで、“ホンモノ性”を喚起する手法というわけです。

(日本における)プロジェクションマッピングのルーツは、60年代後半から70年代のディスコ時代にあったと言われています。1968年に銀座の『キラージョーズ』というディスコで行われたサイケデリック・ショーでは、20台のスライドとオーバーヘッドプロジェクターにより、360度の映像が投影されて、インテリアや空間が状況に反応して動くシステムが使われました。これを開発した宮井陸郎さんという方が、激しく狂っていまして(笑)。彼は68年当時に、「スクリーンの拡張ではなく、日常のなかへ拡張されてゆくことが、よりおもしろい」と語っています。一方的に答えが与えられるのではなく、観客の参加の仕方自体を表現の中に取り込む……こういったインタラクティブな考え方を、この時代に宮井さんがすでに持っていたことに衝撃を受けましたね。

宮井さんが考えたように、プロジェクションマッピングは新しいコミュニケーション手段のひとつです。僕らが興味を持っているのは、新しいコミュニケーションを作り出す空間とは何か、そんな空間を演出するのに必要な要素は何か? ということ。そのためには、人がどうやって空間認識をしているのか、生理学的な人間の仕組みを理解する必要が出てきます。そこから、僕らの触感を含む人間の”五感”への関心は、高まっていきました。

触覚をデザインすることができれば
認知空間の“ホンモノ性”を高められる

NAKEDは今、プロジェクションマッピング以外にも、美術造作やイベント運営、コミュニケーションデザイン、レストラン運営などを行っています。五感のうち視覚や聴覚に関しては、映像表現を通じて創業以来ずっと取り組んできました。プロジェクションマッピングは錯視、つまり目の錯覚を利用して動いているように見せる技術なので、眼の生理学的な機能がとても重要です。研究者の方と一緒に、プロジェクションマッピングのなかで、錯視をどのように使えばより効果的になるかをリストアップして取り組んできました。

−FLOWERS BY NAKED 魅惑の楽園 ©2016 NAKED Inc.

いま味覚や嗅覚については、レストランを運営しながら研究中ですが、最後に残る「HAPTIC(触覚)」をどうするか、ここが目下の課題です。触覚も含めた五感すべてを活用して空間を再構成できれば、体験をアーカイブできたり、認知空間のリアリティをもっと高めることができるはずです。その理解を深めるべく、2015年よりNTT研究所発の触感コンテンツ専門誌『ふるえ』の編集にも携わっています。

 

ふるえシリーズ画像

ーNTTコミュニケーション科学基礎研究所 渡邊淳司氏提供

しかし現状では「HAPTIC」をうまく活用できている例は、まだまだ少ないと思います。NAKEDでも映画をつくってきましたが、例えば4DXによる映画鑑賞は、個人的には今のところ気が散ってしょうがなく、あまり成功だとは思えませんね(笑)。動いたり水が出たりと忙しくて、そうこうしているうちに見るべきものを見過ごしてしまうんです。これは、定位がスクリーンと座席で分かれているのを理解して対処する「HAPTIC DESIGNER」がいないから、起こっている問題なんじゃないかと思います。

それから余談ですが、最近の映画では携帯がマナーモード状態で発する振動音が、音効として入っていたりするんですね。電話はもともと音声によるコミュニケーションだけだったものが、携帯が普及することによって2つの新しい要素が入ってきたんだな、と考えました。

1つは、絵文字。これはビジュアルによる感情のコミュニケーションです。そして2つ目が、マナーモード(バイブ)。この2つは、電話を通じて人に何かを伝えるときに、音声だけではない可能性を示していると思います。例えば、振動の言語というものがあってもいいですよね。締め切りの催促には、危険な振動が編集者やライターに発せられるとか。ライターさんは、心中穏やかではないでしょうけど(笑)。

このように、五感を使ったコミュニケーションを拡げていくことで、新しい自己認識や空間認識が起こり、これまでにない“ホンモノ性”が立ち上がるはずです。僕たちはその追求を、これからも続けていきたいと思っています。

大谷さんの写真2

TEXT BY WATARU SATO/EDITED BY MASARU YOKOTA(Camp)
PHOTOGRAPH BY HAJIME KATO

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