2017.01.24

堀木 俊(隈研吾建築都市設計事務所) “素材のデザイン”、“質感の拡張”で感情を動かす建築士

〜建築を通じて、極小から極大まで解釈する〜

堀木 俊(ほりき・しゅん)

堀木 俊(ほりき・しゅん)

芝浦工業大学卒業。在学中スイス連邦工科大学ローザンヌ校に留学。2013年より隈研吾建築都市設計事務所勤務。プロダクトデザインから都市計画のマスタープランまで大小様々なデザイン・設計に従事する。 木材・繊維系素材などの基本素材はもちろん、新しい素材や素材の新しい使い方、可能性を見出す事を中心にデザイン・設計を行っている。

木製化粧品ボトル紙の徳利など一風変わったプロダクトから、名酒「獺祭(だっさい)」を製造する旭酒造の店舗や公共の施設まで、幅広い分野の設計とデザインを手掛ける、堀木さん。ハードとしての建築だけでなく「素材の質感が人の感情をどのように喚起するのか」までを考え、空間を作り出す彼が、「HAPTIC」に見出す可能性とは? 建築と「HAPTIC DESIGN」の意外なほど蜜月な関係が浮き彫りになるお話です。

規則性や順序を理解できると
その物事が愛おしくなる

堀木さんの写真1

私は隈研吾建築都市設計事務所で大小さまざまプロジェクトに参加させてもらっています。デザインや建築の本質は、極小から極大へ。たとえばプロダクトデザインと都市計画では何が違うのかと言うと、実は対象の大きさが違うだけなんです。人の感覚などベースの部分は、どんなに小さなことでも大きいものに影響しています。つまり、ひとつひとつが何でできているかを分解して理解することで、全体が把握できるんですね。そして理解できると今度は、対象との一体感が生まれてくる。プロダクトデザインという“触れやすく小さなもの”から、建築を通じて都市や公共など“大きなものに触れる”こと、つまり「触れる公共」についてお話したいと思います。

大学生のころ好きだった、イームズの映画『パワーズ・オブ・テン』でもこのことが描かれています。この映画は、1シーン1カットでズームアップとズームアウトを繰り返し、素粒子から宇宙まで到達する、という映画ですが、これは、誰かのために行った小さなことが、大きいモノにも影響している、ということを示しているんですね。それが、デザインの効果です。

−Powers of Ten™ (1977)

昔から好きな作家、W.ベンヤミンの「ベルリンの幼少時代」にはこんな一説があります。

「自分の部屋の天井にちらちら揺らめいている陽光の小さな輪を数えてみたり、壁紙の菱形模様を何度も新しい組み合わせに並べ変えてみたりした幾度となくわたしは、その分枝や細い糸や花や渦巻模様を目で追い続けていた。どんなに美しい絵に向かうときよりも、わたしはひたすらだった。この暗青色の葱花模様にわたしが友情を求めたほどに、ただいちずに友情を得ようとした下はいなかったろう」  W.ベンヤミン(ベルリンの幼少時代)

つまり、ここが自分の部屋だからとかじゃなく、天井や壁の模様一つひとつから空間全体を理解して、最終的には愛情が芽生える、というんです。物事の成り立ちがわかると、やがては都市計画のような公共性に繋がっていくんですね。

昔、装飾の勉強をしていて、大航海時代に書かれたオーウェン・ジョーンズの本を読みました。当時イギリスにはさまざま文化が入ってきていたので、彼は装飾の百科事典をつくろうと、いろんな民族の模様を分析していたんですが、彼も最終的には自分で、植物の模様をベースにしたデザインパターンを開発するようになる。それで、19世紀最高のデザイン理論家と呼ばれるようになった。

また、モダン建築で有名なル・コルビジェは、もともとはスイスの片田舎の時計製作で有名な街で装飾について学んでいたんですけど、「装飾で成り上がるんだ!」とパリに出た途端、近代の合理的な構造システムに感化されて、建築に転向するんです。

今挙げた人はみんな、装飾など小さなパターンを身体で感じることで、秩序・規則性を観察するようになり、極小から極大のものを志向していくようになったんですね。われわれの事務所では建築の設計を通じて、場所や世界を体現するような環境づくりを目指していますが、僕はそのもとで「建築を通じて、世界・場所を拡大解釈したり、切り刻んで解釈すること」をしています。

素材の質感を大事にしながら
別の機能を付加する

道具の写真

ー隈研吾建築都市設計事務所 堀木 俊氏提供

ここからは、これまでに関わったプロジェクトです。小さな事例から大きな事例までをご紹介していきますね。まず紹介するのはプロダクトデザイン。木を使った化粧品のボトルをデザインしました。化粧品の瓶って、なかなかおしゃれなものが多いですよね。通常はカチカチと細かく彫刻に凝って、ガラスのヌメっとした感じを出すんですけれども、このプロジェクトではコンセプトに合うナチュラルな素材で、瓶としての機能を果たすものを探していまして、”浮造り”の手法にたどり着きました。

ー隈研吾建築都市設計事務所 堀木 俊氏提供

“浮造り”というのは、木材の加工方法の一種です。木材には「夏目」と「冬目」という柔らかい部分と硬い部分があって、それを茅の枝を束ねたものでゴシゴシ擦っていくと、「夏目」(柔らかい部分)だけが削がれていく。すると表面がボコボコしてきて、木の年輪のテクスチャーがつくられる、という技法です。単に模様をつくるだけじゃなく、柔らかい部分を削ることで、物の耐水性も上がって表面硬化させる機能もある。つまり、瓶としての強度もあがるし、手にしっくりとなじみ触覚に訴えるプロダクトになるんです。

徳利の写真

ー隈研吾建築都市設計事務所 堀木 俊氏提供

もう一つのプロダクトは震災の復興支援プロジェクトでつくった、和紙でできた徳利です。これは会津の伝統的なおもちゃ「起き上がり小法師」を着想して、東北の職人さんたちと一緒につくりました。素材にも福島の白石和紙を使っています。この和紙は、96歳のおばあちゃんが1人でつくっていたものなんです。
ちなみにこれ「和紙で徳利をつくろう」とひらめいた時点ではもう勝ったと思っていたんですが(笑)、紙に撥水加工を施すところでかなり苦戦しました。テクスチャーを残しながら別の機能を付加する、というのはすごく特殊なことなんですね。試行錯誤の末、ノンケミカルな撥水材を見つけて、3週間水を入れていても漏れない素材をつくりました。

「触覚」を通して一体感が生まれる
“素材のデザイン”で感情を動かすには

銀座店の写真、天井が写っているもの

ー隈研吾建築都市設計事務所 堀木 俊氏提供

次は対象が少し大きくなって、獺祭(だっさい)の銀座店。ここでは、天井に簾虫籠(すむしこ)※と呼ばれる竹のスクリーンをメインに使っているんですけれども、竹自体の幅が何ミリで、竹と竹の間が何ミリでという、絶妙のバランスをつくるため、模型をつくって何度も確認をしました。空間の中で天井がメインの演出になるとき、視覚的にどういう影響を与えるか。言ってみれば、リズムの設計です。実際つくるときには、設計図で5ミリと指定してもつくっている過程でズレてくるんで、そのあたりをどう解決するか職人さんと話して、正確な演出効果が出せるよう、こだわりました。

獺祭本店の写真_壁や柱がわしで包み込んでいる様子がわかるもの

ー©Mitsumasa Fujitsuka

続いても獺祭ですが、こちらは山口県・岩国にある本店。森のなかでどうやったら建物がシンクロして生きてくるか、背景のざわざわした木のパターンとの関係性を考慮しました。建物があんまり主張し過ぎても、背景の木が持っている心地良さをダメにしてしまうので、そのバランスですね。ここでもリズムの設計を意識しました。建物の中はこんなふうに、壁や柱を全部和紙で包む込みました。基本的に木も和紙も繊維なんですよね。繊維方向を意識して、強い方向に対して材質を編むことで硬化するんです。だから和紙は、質感のバランスとして良かったんですが、すごく繊細なので人が触りにくい壁になってしまった。

お米を漉き込んだ壁、できたら触っている人

ー隈研吾建築都市設計事務所 堀木 俊氏提供

もともと建築って触れないものという前提がありますが、基本的にボクは「できるだけ建物に触れてほしい」と思っているので、1か所だけテクスチャーにしかけをつくりました。獺祭さんの酒米を使った壁をつくったんです。どういうことかと言うと、23分まで磨いたお米を和紙に漉き込んでいって、オーストリッチ(ダチョウの革)のような質感の壁をつくり、内側から光で照らす、光壁にしました。すると思惑通り、お客さんはその壁に触ってくれました。また獺祭の作り手の方々にも「私たちが使っているお米はこんなに美しいんだ」と、誇りを持ってもらえた。そのとき「触感」でこんなふうに一体感をつくれるんだ、ということに気がつきました。これが、冒頭にお話した「触れる公共」の意味です。極小を理解することで、全体に対しても情が湧いてくるんです。

ー隈研吾建築都市設計事務所 堀木 俊氏提供

ちなみにここは、床もすごくいい感じに仕上がりました。ただ、これも図面に書いておけば出来上がるってわけじゃないんです。この床材はモルタルに「すさ」というつなぎ材を混ぜて塗っているんですが、何をしたかと言うと、職人のおじさんにくっついてまわるんですね。それで「おっちゃん、そこいいね!」とか言って、それを全面にやってもらうんですよ(笑)。いまは「もうちょっとギザギザ感がほしい」とか言っても人によって捉え方が違うので、やはりこだわるなら現場に付いてないとならない。質感の「オノマトペ」じゃないですけど、今後はどう伝えられるかがすごく重要ですよね。

獺祭ストア 本社蔵_隈研吾建築都市設計事務所

レストラン写真

ー西川公朗 / 西川公朗写真事務所 MASAO NISHIKAWA

質感的な話を続けると、次のnacrée(ナクレ)というレストランはシェフの調理法が特殊で、魚を苦しませずに締めるんですね。そうすると切った断面がオーロラみたいにきれいな色になる。この独特な手法とオーロラのような質感にヒントを得て、料理と空間が視覚的に繋がる設計を考えました。アクリルの棒をたくさん立てて空間を仕切ることで、陽の差し込む角度や時間、そこあるものによって、いろんな光が干渉してテクスチャーをつくり出すんです。さらに彩りとして、花を活けられるようにした。料理の触感と空間的な触感が繋がれば、より説得力が増すんじゃないかと思ったんです。

nacrée_隈研吾建築都市設計事務所

富岡市の市庁舎写真

ー©Mitsumasa Fujitsuka

最後は、かなり大きなスケールのものなんですけど、群馬県・富岡市の市庁舎です。ここは何がおもしろいかというと、昔の町の様子を見るとかなり建物が密集している。で、写真の粒感や密度から、このときの人付き合いってすごく密だったんじゃないか、ということがわかったんです。それで我々の仕事としては、昔のようにコミュニケーションが活発になるように、庁舎の一つひとつの建物をなるべく周りの粒(建物)と大きさを合わせていくことを考えました。

富岡市の昔の地図

ー写真集明治大正昭和富岡・甘楽 : ふるさとの想い出より

もうひとつ富岡市で興味深かったのは、街を歩いていると、なんだかスムーズに歩けない。それで何かおかしいなと思って昔の地図を引っ張り出してみたら、案の定、昔からこの地域では、道が斜めになっていたり、曲がり角が多くて、くねくね曲がっているんですね。つまり、身体が何かおかしいと感じて、街の特徴を知った。そこで、周辺の街路が持つくねくねと曲がった感触が、富岡の身体感覚に合った公共スペースだ! と思い、庁舎の真ん中に道をつくり「鍵曲の庭」として提案しました。

(仮称)富岡市新庁舎_隈研吾建築都市設計事務所

建築から素材のデザインへ
触覚から世界へのアプローチ

堀木さんの写真2

身体の感覚を信じることもそうですが、建築家は素材に触れる機会が多いので、これからは建築だけでなく素材のデザインを考えていきたいと思っています。業界的には質感的におもしろい素材って、強度に不安があるとか汚れやすいとかで、あまり使いたがらないんです。でも素材によって人の情感に訴える領域には、まだまだ余地がある。もっと言えば「触覚」に訴えることは、直接的に社会や世界に訴えかけることだと考えているので、デメリットを怖がらずにチャレンジしていきたいと思っています。

「建築」や「空間」という言葉は、少し固くて耳ざわりが悪く、一般の方には慣れない言葉なんじゃないかと僕は思っています。インテリアデザインやリノベーションというジャンルを通して、我々が行っている設計という行為がなんであるか、少しずつポピュラーになってきている気はしますが、「建築」や「空間」を出来るだけ、感じる人の個人的なものとして確立してほしいと考えています。

住民参加型の仕組みづくりや、実際に使用者が体を使って作るDIYなどは建築の民度をあげる取り組みとしてとても重要だと考えますが、僕はそれと同じくらい、触覚に訴える建築をつくることが重要だと考えています。

人間の体を、感覚受容器官の集合体として考えると、社会はそれらの人体の集合体で形成されていると考えることが出来ます。社会を大きな体と考えると、個人の身体が感じる快適性や楽しさはシンクロしますし、そういうことが感じられるような環境づくりをしていきたいです。

 

TEXT BY MASARU YOKOTA(Camp)
PHOTOGRAPH BY HAJIME KATO

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