2018.03.23

より心地よく本能に訴えかけるデザイン、その先の世界へ。 「HAPTIC DESIGN MEETUP SPECIAL 」レポート

HAPTIC DESIGN AWARD 2017の受賞者、優秀作品作者がプレゼンテーション

多くのデザイナーが大切にしながらも、感覚の言語化やデザイン手法の体系化が未整備なままだったヒトの五感のひとつである触覚にフォーカスし、身体を通じて自己と世界をつなぐ新たなデザイン分野「HAPTIC DESIGN」の開拓に取り組んできた「HAPTIC DESIGN PROJECT」。

2016年にプロジェクトをスタートし、同年初のアワード「HAPTIC DESIGN AWARD」を開催。その後も毎月のようにMEET UPを行い、研究サイドとデザイン・サイドの両面から、“触覚的思考”によるデザインアプローチを探求してきました。

そして2017年はいよいよ世界展開。グローバル・アワード「YouFab」とのコラボレーションにより実施した「HAPTIC DESIGN AWARD 2017」は、世界20カ国から116もの作品がエントリーと、世界的なムーブメントへと発展しました。

今回は、アワードのグランプリ受賞作、優秀作の発表の場として行われ、審査員を務めた水口哲也さん(Enhance 創業者&CEO/KMD特任教授)、廣川玉枝さん(SOMA DESIGNクリエイティブディレクター、デザイナー)もゲストで登壇した「HAPTIC DESIGN MEETUP SPECIAL」の模様をレポートします。

会場のFabCafeは立ち見がでる満員に

ほとんどの作品が触れるかたちで展示もされた

「HAPTIC DESIGN」はすでに
私たちの生活やデザインを拡張している

「Haptics(触覚)自体はこれまでにも、大学や企業で何年もの間、研究されてきました。しかし、「実際にそれをどう使うのか」「生活にどう役立てるのか」それが分からなかった。そこで触覚をデザインの文脈と結びつけ、それを扱うデザイナーを生み出そうとこのプロジェクトはスタートしました」

「HAPTIC DESIGN PROJECT」のオーガナイザー、慶應義塾大学大学院 メディアデザイン研究科准教授・南澤孝太の挨拶から始まりました。

「今回、2回目となるアワードでしたが、実はもうHAPTIC DESIGNは生まれてきています。すでにそのエッセンスは、さまざまなプロダクトやデザインに落とし込まれ、私たちの生活に含まれていまし、実際昨年のアワードにお客さんとして来ていただいて、今回受賞者になった方もいます。

私たちが普段当たり前としている触覚を捉えなおし、デザインに取り入れることで、より心地よく本能に訴えかけるような、新しい体験やプロダクトを生み出す。さらに、その先の世界に何があるのか。今日はそのヒントを受賞者のみなさんの作品とともにひもといていければと思っています」

グランプリ受賞作「The Third Thumb」
もうひとつの親指で身体の拡張をデザイン

デジタルとフィジカルを横断する新時代のものづくりの世界的アワード「YouFab」とのコラボレーションとなった今回。世界規模のアワードに相応しく、グランプリに輝いたのは、イギリスに拠点を置くニュージーランド人のダニー・クロードさんでした。

まずダニーさんは、これまでに制作したプロダクトを紹介してくれました。

「Synchronised -a prosthetic with a pulse」(a collaboration with The Alternative Limb Project)は、使用者の脈を読み取り、そのパルスをビジュアルとして見せるようデザインされた人工装具。

「Materialise Arm -the many materials of Kelly Knox」(a collaboration with The Alternative Limb Project)。透明の人工装具の中身を、20種類以上のマテリアルから選び、自由に入れ替えられる。

続いていよいよグランプリ受賞作「The Third Thumb」を披露。身体拡張デバイス“3本目の親指”とは。

「きっかけは「Prosthesis」(人口装具)の語源が、「~に加える」という意味であることを発見したことでした。人工装具をハンディキャップを“補う”ものから、身体能力を“加える 、拡張する”プロダクトに再定義したのです」

「3Dプリンターでできた、“もう一本の親指”をフット・コントローラーを使って操作してもらうと、多くの人は笑顔になり楽しんでくれました。人々にとって、親指は特別な存在なんですね。でも親指の動きは独特で、人工装具の中でもとくに製作が難しいんです。まず、どのような素材がフレキシブルな動きに耐えられるのか。また、どのように制御すればいいのか。試行錯誤しました」

「リサーチの結果、車の運転やギターなど手と連動して動かすことが多い足での制御が良いことが分かりました。おかげで初めて付けた方でもすぐに動かせ、瞬時にユニークな体験ができるようになりました。私自身はもう無意識に自分の指として動かせるようになっていて、付けてないとむしろ指が少ないと感じるほどです。ちなみに歩いたりしても、指は動きませんよ」

Daniさんの作品のすばらしい点は、誰もが自然に受け入れられ、見た瞬間に引き込まれるビジュアル・プレゼンテーションを持っていること。審査員の3人からも次々と感嘆の声や質問が飛び出しました。

「すごく自然ですよね。僕らも身体拡張の技術は研究してきましたけど、こんなに馴染むものをつくれるのがすごい。言わば身体をリデザインする“ボディ・エディティング”でしょうか」(南澤)

「お話を聞いてリサーチや研究を相当重ねて来たのが分かり、感激しています。手で触ること自体の機能を拡張し、感覚が増幅される可能性に、大きな期待を抱きました(廣川玉枝|SOMA DESIGNクリエイティブディレクター、デザイナー)

「スムーズで緻密。本当に完成度が高く、あらゆる点でグランプリにふさわしい作品。身体に装着して操作するワークモデルであり、周囲の人の創造性を刺激する力も持っています。Daniはプロダクト・デザイナーだけど、ファッション・デザインにも興味があるのかな」(水口哲也|Enhance 創業者&CEO/KMD特任教授)
身体はみんなが持っていて必要不可欠なものだし、それを考えることが好きなんです。デザインが少しでも障害を持つ人たちの手助けになれば良いなと思います。」(Dani)

JUDGE’S SELECTED / PROJECT SELECTED
選ばれたHAPTIC DESIGNERたちの声

グランプリのほかにも、数多くの優秀な作品がエントリされた今回のアワード。審査員とプロジェクトで高く評価した6作品のプレゼンテーションをお届けします。

■廣川 玉枝 セレクト
いしのこえ / MATHRAX(マスラックス)

ネイティブ・アメリカンの「石の声を聴く」という文化をインスピレーションに、観賞者が石に触れることで、音を奏でられる作品。茅ヶ崎市美術館で行われた企画展の一環で、地元の中学生とのワークショップを通じて制作された。

「この作品は中学生といっしょに海岸で拾った石を使って、電子工作で制作しました。人が触れると電気信号が変化し、音が鳴る仕組みです。触覚は自分が触れるものに対し、どう感じるかを捉える感覚。それは自分の存在を確かめることにも繋がっていて、作品を通じて「自分自身をとり戻す」ことになるのではないかと思い制作しました」(MATHRAX)

「好きな石を拾って、その石が発する音を体験できる。それぞれの音色がまたいいんですよね。普段気にもとめない石を捉え方から変え、感じることのできない感覚を与えている。しかもそれを分かりやすいワークショップに落とし込んでいて、作品もさることながらプロセスがすばらしいです」(廣川)

 


■太刀川 英輔 セレクト
福筆 /南木隆助

日本を代表する書道筆「豊橋筆」の伝統技術を用いつくられた、究極の洗い心地の洗顔用ブラシ。幼い子どもの繊細な肌を洗うことができる。

「グランプリのDaniさんの作品と写真はよく似てますが、こちらはとてもアナログな作品(笑)。日本三大筆に数えられる、豊橋筆の技術を応用してつくった洗顔ブラシです。私は普段、広告制作の仕事をしているのですが、もともと豊橋市から豊橋筆のチラシ制作の依頼が来て、代わりに「この技術で赤ちゃんの顔も洗える最高級のブラシをつくってはどうですか」と提案したんです。実際、福筆は商品になり、いま生産が間に合わないくらいになっています」(南木)

「いかにも気持ち良さそうで、触りたくなる。伝統技術を使いながら、モダンなデザインも実現していますね。デジタル作品が多いなか、ここまでアナログの作品での受賞、という点もすごいと思いました」(南澤)

 


■PROJECT SELECTED
フリスビー×3Dモデリング×3Dプリンター 教育プログラム / 寺田天志


フリスビーを題材に、身体性とデジタルの融合を感覚的・体系的に学ぶ、教育プログラム。小学生にフリスビーのデザインから実制作までを行ってもらい、創造性やデザイン力を養える。

「全身の動きから指先に力を伝え、相手に向かって放つフリスビー。これをモデリングするということは、“浮遊感”という感覚やコミュニケーションをデザインすることに繋がります。まず遊びで体験し、その後デザイン。そして3Dプリンタによる実制作という流れは、HAPTIC DESIGNで言うところの「実感」「情感」を学ぶプログラムになるのではないでしょうか」(寺田)

「この作品は、僕のイチオシでした。子どもが遊びを通じて感じたことをデザインする。きっと子どもたちは自分の興味や好奇心から、デジタルなものづくりはもちろん、さまざまな知識や経験を得たと思います。このプロセス自体に、表彰の価値があると思います」(水口)

 


■PROJECT SELECTED
atmoSphere / 伏見はるな


身体で感じる没入的な音楽体験を提供する、ボール型デバイス。五感が独立したものではなく互いに影響を及ぼし合っているという「クロスモーダル現象」に着目し制作された。

音楽を感じ、触覚で聴くデバイスです。ヘッドフォンとボールを持つことで、バイノーラル録音(※人が音を認知する状況と同じ条件で収録する録音方式)の立体音響と、それに合わせ編集された音の触感を体験することができます。「SIGGRAPH」(※世界でもっとも長い歴史を持つ、先端技術やメディアアートの祭典)の展示では、「聴いている姿が祈りみたいだ」と思わぬコメントもいただき、とても感激しました」
「とにかく体験したくなるし、実際にほしくなる。音楽を別の感覚機能で聴く、という考え方がおもしろい。新しい感覚を、とても分かりやすく伝えているデバイスだと思います」(廣川)

 


■PROJECT SELECTED
ハプティカード / 今飯田佳代子


見ること・触ること2つの感覚を行き来することで、触覚を意識させるカードゲーム。カードを指で触って触感から同じ模様を探すひとり遊びと、複数人で「神経衰弱」のようなゲームが楽しめる。

「神経衰弱ならぬ“神経進化”。音楽家や建築家などの専門家がある種の感覚に鋭いことから、「人は素材としてまだまだ進化できるのではないか」「シンプルなゲームを通じてそれを実現できないか」と考えました。実制作も、同じ柄をインクで印刷するかニスで刷るか、というシンプルな行程なのですが、回数を重ねれば指先の感覚が鋭くなっていくことを実感でき、身体拡張に繋がります」
「見た目はシンプルでおしゃれなカードゲームですが、「人類を進化させよう」という意欲的な作品(笑)。実際に遊びとしての楽しさだけでなく、目で見る模様と触覚の凹凸にギャップを発見できたり、人の潜在能力を引き出す工夫が組み込まれています。それと実は今飯田さん、前回はお客さんとして来てくださったんですよね。今日来てくださっているみなさんも次回はぜひ」(南澤)

 


■PROJECT SELECTED
Qoobo: 心を癒やす、しっぽクッション。/ Qoobo 開発チーム(ユカイ工学株式会社)

なで方に応じしっぽが動く、しっぽ付きクッション型セラピー・ロボット。何らかの事情で動物を飼えない方でも、動物と暮らす心地よさを体験できる。

「人をサポートするコミュニケーション・ロボットを開発をしているユカイ工学といいます。今回の作品は、しっぽ付きクッション型ロボット。そっとなでればフワフワと、たくさんなでればブンブンと、少し気まぐれにしっぽの動きが変わります。昨年10月に「CEATEC」で発表したところ、国内外のいろんなメディアで取り上げていただきました。この夏発売予定で、いろんなバージョンを開発中です」

「クッションにしっぽ。ただそれだけなのに、何とも言えない心地よさと愛らしさがあります。自分の動きに反応して動くんですが、ほどよくディレイして、本当に生き物に触れているのように感じるんですよね」(南澤)

クロストーク
「HAPTIC DESIGN」とは何か

南澤:実際に作品を見て、プロセスを聞かせていただくと、感じるものも大きいですね。自分自身「HAPTIC DESIGNとは何か」という解像度も上がった気がします。

廣川:どの作品も目的を持ってつくられていて、それが作品のクオリティに繋がっていると感じました。夢のような発想から、ここまで具現化しているのがすばらしい。どの作品も試してみたいと思わせてくれますしね。それから意外だったのが、好奇心をかき立てられることで、自分自身のことを知れたように思いました。

水口:「HAPTIC DESIGN」とはメディア・デザインのいち分野ですが、目に見えるもの、聞こえるもの、ストーリーテリングなどは分かりやすいけど、触覚は体験しないと分からない。だから審査するのも大変なんです(笑)。それで純粋に「触りたい」「体験したい」と思ったものを選びました。実際に触れてると、制作のプロセスも濃厚なものばかりで驚きましたね。

南澤:廣川さんはファッション分野、水口さんはゲーム分野で、それぞれ「HAPTIC DESIGN」をどう捉えていますか?

廣川:ファッションは、いちばん身近なHAPTICだと思います。素材や触感によって、脳へどのような影響があるのか。中でも私は、テクスチャーに着目してデザインしています。

水口:僕が思う「HAPTIC DESIGN」は、既存の価値をリデザインすることで、人が経験したことのないことを体験させること。新しいコンテクストやストーリー、そこから生まれる感動をつくり出すことです。それこそ南澤さんやライゾマティクスと開発した「シナスタジアスーツ」では、「全身で光や音を体感できる」という新しい体験を可能した触覚デバイスを実現しました。

南澤:「こんな気持ち良さを与えたい、感じたい」「もっと身体のこと、人間のことを知りたい」そういった欲求が表現につながるとき、「HAPTIC DESIGN」が必要になるんでしょうね。やはり触覚は人の根源に関わることだと、改めて実感しました。この流れで行けばきっと近い未来、新しい身体感覚を持った人も現れてくるのでしょうね。

今後もさまざまな活動へと発展

オーガナイザーの南澤の言葉通り、プロジェクト発足から2年、実践を通しその解像度は確実に上がり、触覚をデザインするムーブメントが生まれてきました。

2018年2月27日〜3月11日には、過去2年間のプロジェクト成果を展示する、リサーチ・コンプレックス NTT R&D @ICC×HAPTIC DESIGN PROJECT「距離0から拓くデザインの未来─見る/聴くから“触れる”へ」を、東京初台のNTTインターコミュニケーション・センター [ICC] にて開催。

http://hapticdesign.org/movements/towards_design_of_touch/

また、伊勢丹新宿店が展開する未来を担う子どもとその家族へクリエイティブな学びの場を提供する「cocoiku(ココイク)」との共同により、新感覚の触感おもちゃ「触感とんとん相撲」を開発しています。

https://mtrl.com/blog/cocoikuxhapticdesign_201802/

今後もさまざま活動へと発展していくHAPTIC DESIGN PROJECTにご期待ください。

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